Amazing Blue Earth
■異国の旅
■世界遺産
■海の旅人
■光の旅
■永遠のオードリー
■プロフィール
■LINK
■日本の旅
■空の旅人
■道草
■津軽三味線,始めました!
●2009年12月 ダナキル砂漠、塩のキャラバン、エルタ・アレ火山 : エチオピア
uyuni
12月25日〜1月5日  【地図】 【旅行日程】
 
 世界で数カ所?しかない火口湖が間近で見れる。期待以上だった。が、後日、申し込んだ旅友はなんと溶岩があふれて行けなくなってしまったとか。しかし、2012年現在、再び、観光可能な状態に戻っている。現地にいくまでは4駆でかなりの悪路と時間が必要!<かつ、ちょっと、山登りも。ついでに、数年前、ドイツ人旅行者がエルタ・アレ近郊で殺害される事件も。エルタ・アレ近郊では、地元警察+地元ガイド+地元の護衛+軍隊の敬語付きがあたりまえと思ったほうがいい。火口湖はヨーロッパ観光客が多いため寝泊まりの環境はそれなりに。
 今回残念だったのは、最後のメケレの岩窟教会の壁画が行けなくなった事。理由は、お国の偉い人たちがメケレで会議かなんかでくるため予約の飛行機がお召し上げとなり、別便となってしまい、時間がなくなってしまったため。中国でも一度こんなことが。お上の方ほどわがままだな、どこでも。
12月26日 アディスアベバ(新しい花)  
 ドバイ経由でアディスアベバ到着。ちょと暑いかなと感じるくらい、高度約2300mのためまあまあ快適に近い方だ。空港はタクシーで埋め尽くされている。が、かといって混雑している訳でもなかった。まずはホテルへ。立派なホテルだがすぐ周りはバラックが通りを挟む下町に近いところにある。工事中もあちこち、発展途上といったところ。

 まずは昼食のレストラン。早速地ビール(20ブル、エチオピアワインは38ブル)を頼む。ラベルの字はやっぱり読めなかった。最後にエチオピアと言えばコーヒー!。

 昼食後、市内観光。メルカート(市場)、駅(老朽化で未使用?)、マスカル広場など。メルカートは降りて歩きたかったがかなりの混雑で迷子になるとかで許可されずや、やむなくバスから眺めるのみ。それに雨が降ってくる。この時期に雨はめずらしいとのこと。

空港

ホテル

地ビール

アディスアベバ
 夕食はホテルで。残念ながら地元っぽい料理は明日以降のおあずけ。

 部屋はなんか暑くしかも湿っぽい!。エアコンも無し。高級ホテルのはずだが、高地のため必要ないのだろう。


12月27日 アディスアベバからアビシニア高原に向かう
 朝、四駆に分乗してアビシニア高原を目指して出発。少し雨模様の曇り。道は、舗装されてるところもあるがほとんどダート。それでも結構飛ばす。途中、いろいろなシーンが車窓に流れるので退屈はしない!。
 シャノという町のバスターミナルでちょっと休憩。ポロという穀物を塩で炒めた物など物売りが集まってくる。カラフルな衣装の女性も!。食堂でインジェラというエチオピアの人の主食をちょっと頂く。少し酸っぱい味で、私にはたくさんほいほい食べられる味ではなかった。

シャノのバスターミナル
アビシニア高原北上
 ひたすらアビシニア高原を町を渡りながら北上する。しかし、山の中に入るほどに雨や霧、だんだん濃霧になる。霧の中から突然物売りが現れたりする。途中、アフリカの大地溝帯が垣間見えるという、ゲマサ・クリフという崖(3100m)の近くまできたが結局霧でなにも見えずじまい。第一次世界大戦でイタリアがつくったトンネルを抜ける、デブレ・シーナの町に入る。ここで昼食でレストランに入る。といっても、我々は手弁当。やはり地元の食事は日本人にはちょっと・・・。我々の車の周りは売り子でいっぱい。なんとか振り払って出発。いくつかの町や村を通過。ラクダもちらほら。気をつけていれば道路沿いでもサルも見かけるようになる。



アビシニア高原北上
セムベテ市場
 道脇にラクダやら人が増えてくる。市場が近い。セムベテの町に入ると、そこかしこにラクダや荷物を抱えた人でいっぱい。道ばたでは見学の子供がわけもわからずなくうれしそう。こちらもいろんな民族の人に出会え、カメラをあちこち振り回す。市場の中程まで行くと、かなり狭いところにみな店を広げていてごった返している。メインはラクダで、少し離れた場所にラクダ専用の競り場がもうけられている。私としては、一日いても商い場所だ。アルゴバ族やオモロ族が集まっているというが、ガイドに聞いても今ひとつ区別がつかないのがちょっと残念だった。数時間ほどあちこちうろついた後、今日の宿のあるコンボルチャを目指して再び北上する。


セムベテ市場
コンボルチャ:サニーサイドホテル
 以外と行っては失礼だが結構大きな町だ。ホテルもその食事も普通だったが、後になって初めてここが首都以外で一番いいホテルだった!。とりあえず、今日から蚊取り線香の出番!。
ホテルと室内 ベッドには蚊帳があった
パンにスープにスパゲッティ、普通だった
今日は、移動初日ということまり疲れていてすぐに眠ってしまった。町の様子は明日早起きしてみることに!。

12月28日 コンボルチャの朝  
 朝、蚊帳と蚊取り線香のおかげかぐっすり眠ったので快適に目覚めた。少し早かったので、ホテル前の通りに出てみる。まだ、早朝にもかかわらず学生(といっても子供)や仕事に向かう人や牛までにぎやかに行き交っている。バイク改造の3輪タクシーなど走り回っている大きな町だ。町の中心地はロータリーになっていて車の往来が結構ある。しかし、大きな町もこれが見納めとなる。

ホテル前にて
バディに向けて
 高原の中の道路を北上を続ける。舗装されているところが多く、橋も立派なため、快適なドライブ。途中、小さな村や人々とすれ違う。トイレ休憩ではほんのひとときのバードウオッチングも。学生らしき女性の一段ともすれ違う。聞いてみるとアムハラ俗だと言う。先を急いでいるので車を止めて歓談とはいかないようだ。この辺りはもう、キリスト教圏からイスラム教圏にはいるころなので、カメラを向けるのもちょっと気をつける。以外と人なつこいのでちょっと安心感を思えるが、あまりはめを外さないようにしたほうが無難だろう。なんせ初めての土地では日本国内でも同じだ。
道中で出会った
アムハラ族の女学生
バディの市場  
 町に近づくにつれ人やラクダが多くなる。町中を進んで市場近くの喫茶店?でまずはコーヒータイム。ツアー客の女性が身振り手振りで話したおじさんにお礼に鶴の折り紙をプレゼント。おじさん、しげっしげといつまでも眺めていた。一体、どう思っていたのだろうか?。

まずは喫茶店で一息

おじさん、
もらった鶴の折り紙を
いつまでも眺めていた
 休憩後、はぐれた時のために時間と集合場所を決める。ということは、はぐれても安全ということらしい。しばらく、ガイド一行について行く。が、あれこれ興味のある物にカメラを向けながら歩いていると案の定離ればなれに!。いろいろ聞きたい事もあったが後にして、一人ぶらぶら歩き回る。ほとんどがアファール族の人らしい。中には馬車でやってくる人たちも、ちょっとお金持ちの人かな。顔立ちの良いきれいな女性も何人か見かける。ちょっとしたアクセサリーがなぜかよく似合っている!。昨日の市場はラクダが主商品だったが、ここはなんでも市場だ。この辺、というより、エチオピアでも最大規模の市場とか。ナイフ売り場で興味深そうに覗きこむと隣の人が抜いてみせてくれた!。丘の上の方に向かう。鶏やタマゴ、ハチミツまで売っていた。少し裏手にまわるとまだ荷のないラクダが主人を待っている。市場から少し出ると静かだ。

バディ市場
バディから次の町へ        
 昼前にバディを出立。町を出て遠げで鳥が上空を舞っているのが見える。ハゲタカがゴミを狙ってあつまっている。そこで少しバードウオッチング。
  道路は舗装されていたりダートだったりだが、それ以上に行き交うトラックと砂埃には少々閉口する。ジブチとの交易が盛んなためだそうだ。人も結構見かける。ついでにホロホロチョウも出てくるので寝てやり過ごすわけにはいかない!。
 途中の小さな町、エロアで昼食。トラック野郎が休憩する店でこちらも持参の弁当で昼食、しばし、町をうろつくが小さな町だ¥で、すぐに見終わってしまった。今日の宿のあるロギアまで再び出発。

道中、エロアの町

エロアの休憩所

本日の昼食
 途中、ジブチに向かう分岐点を通過。これでトラックと砂埃とはおさらば。天気も良くなり窓が開けられるように会ったのはうれしい(写真にとってはですけど)。景色はあいかわらず荒れ地が続く。水辺も見かけたが草木はほとんどない!。


ロギアのゲストハウス、待ちこがれた評判の料理担当 マスキーさん登場!
 夕刻、まだ日が高いうちにロギアに到着。というのも、ゲストハウス、部屋の予約はできず、早い者勝ちだから早く行かないと部屋が取れないからだ。町は小さく、、ゲストハウスもすこし外れにある。入ってビックリ!、ほとんど長屋!。部屋はベッドのみ、天井に扇風機はあるが中に入っていると暑い。当然、隙間まるけ。ほとんどの客はベッドを外に出して蚊帳を吊ってそこで寝るようだ。早く行く意味がないのでは?。とりあえず、寝場所だけは確保する。

ロギアのゲストハウス ほとんど長屋!
 夜、暗くなると夕食。ここで、エース!登場、ここから料理担当のマスカラム(マスキー)さんが合流 。実は旅行前から旅友などから噂は聞いていた評判の方。他にも料理担当がいるらしいが彼女に当るかどうかは運次第だった(スーダン旅行時のひどい料理担当とは段違い!)。これまでの貧相な料理から比べると豪勢なメニューに!。ちょっとしたパーティみたいだ。これは期待できそう。料理担当のみの車が一台ついてくる事になった。なぜ最初からでないかの詮索はやぼというもの。

皆が待ちこがれた
マスキーさん

明かりはペットボトルで
 


12月29日 ロギアの朝
 朝、快眠とは言えないがまあ寝れた方だ。朝食まで時間があるので少し散歩。町というより村、宿前に戻って初めて前の民家の木にコウノトリの仲間に気がつく。近づいても逃げない!。
 朝食はすごくまともだった!。やっと落ち着いて食事をした。
 町を出発する頃には、人通りも少し出てくる。

ロギアの町

朝食

12月29日 途中、バブーンに出会う
       
 町を出ると道路は舗装されているが周りは荒野が続くばかり。途中、道路脇にヒヒ、バブーンを見つけ早速停車。エサをもらえると分かっているのか、それとも、いつもツアーでやっているのかどちらかだろう、人慣れしすぎている。ボンネットに乗るか、大人ししているかと思えば駆け回る、発情しているはで、退屈な景色が続いたせいか皆しばしこの珍客を楽しむ。
 次の町アサイタ荷向けひた走る。なんと舗装された道路で私の乗った車がパンク!。修理の間、周りを散策、ほんのちょっとの間だが、蜃気楼や鳥、ヤギ飼いの群れ、野生のラクダなど行き交う。修理を済ませ再び入り出す。何度か人を満載したトラックを追い越すと、その度になんだか期待が膨らむ。


バブーン

アサイタへの道中にて
12月29日 アサイタ市場    
 前の市場は人ごみの中を歩いていたが、ここはさほど混んではいないがそれでも活気はある。大きさもちょっと小さめ。ぐるっとまわって1時間ほどだ。さすがに1つのためかちょっと新鮮さが薄れる。しょど違いはないというのが実感だ。ただ、若干、カメラは嫌うようだ。
 ひと歩きした後、近くでコーヒータイムとなった。ちょっと丘の上にある店だ。コーヒーを待つ間、裏手に出るとなんと緑と川が流れいい景色だ!。野鳥もいっぱいいる!。しばし、バードウオッチャーに戻る。さいごに、ちょっと店の台所を覗かせてもらった。

アサイタ市場

市場近くでコーヒータイム
荒野をひた走る    
 また、荒野を疾走といったほうがいい、かなり飛ばしている。たまに、景色が地元アファール族の家がある以外は同じ景色が延々と続く。まあ、道路は状態がいいので結構快適だ。
 ここにきて丘の上に小さな塔のようなものがちらほら。後で聞いたところお墓だそうだ。遠くに鳥が舞っている。少し気が急く。ドライブインについて、昼食準備までダッシュで鳥を探す。が、あっけなくドライブインの裏手にたむろしていた。ゴミに集まっているのだ(なんだ!)。

荒野をひた走る

途中、小さな塔が?

ドライブイン
 しばし、鳥を撮影した後、昼食。作り置きのパスタだ。肉料理もある。ついこの間までとは大違いだ。
 腹がふくれたところでドライブインを散歩。といっても数分で端まで行けてしまう。マンウオッチングに集中するが、相手の顔を見ていると、間違いなく向こうもマンウオッチングだ。

ゴミに集まってくる鳥

昼食は

パスタ

肉料理も
 再び車に分乗して出発。景色は同じ。休憩時に道路脇にある黒曜石を見つけた。工事で掘り起こされたものが積み上げられている。やっと、ここが火山地帯だということを体感する。舗装された道が続いたが、突然、工事現場に出くわす。ここからはダートが続く。しばし、走った後、また舗装道路になる(ちょっとほっとする)。荒れ地が続いたが、だんだん、川の跡や小さな草原、アファール族の人と住居、そしてガゼルを見かける。だんだん、緑に近づいているようだ。

同じ景色が続く!
アフデラ湖到着

 途中、道を間違えたか他のグループの車列についていくとろくな事がない!。もしかしたらドライバーも工事で道路の雰囲気が変わり分からなくなっていたのかも!?。そんな状態でも1つ峠を越えると湖が視界に入る。アフデラ湖だ。思ったより青く、そして気のせいか薄く広がっている。そう思わせるのは、湖の周りに広がる塩田のためかもしれない。
  峠でしばし休憩&写真タイム後、今日のうわさの宿(とにかくすごい宿とか)に向かう。湖沿岸に町?(村?)があり、そこから荷物を満載したトラックが登ってくる。もう夕方なのにlこれから出発とはご苦労な事だ。町の入り口までくる。もう、町とか村というよりどこか古い廃鉱か工場地帯に迷い込んだようだ。さて、我々の宿はいずこ?。

アフデラ湖

うわさのゲストハウス
噂のゲストハウス
 すぐに今夜の宿、ゲストハウスに到着。まったく掘建て小屋そのままんま!。聞いてはいたが、テントの方がまだいいかも。シンプルなベッドが一つ、いかにも蟲が潜んでいそうで、さっそく蚊取り線香を炊きたかったが、壁は片側ベニヤ板、後ろはむしろで、風通しの良い事請け合い、ですぐに蚊取り線香が無駄を実感する。結局、ほとんどの人はベッドを外に出して寝る。そのほうが壮快だった。トイレはいいとして、シャワールームもこれまたすごい。温水がためてある部屋からバケツで瑞枝置くんで、シャワールーム(小さなコンクリ土台)でその水をペットボトルかなにかで浴びるのみ。まあ、それでも砂塵を抜けてきたのでシャンプーで流す。女性陣は見割りを立てて交代で利用した。ほんと、テントにすればいいのに!。
 夜、夕食。村?は工事の人たちで騒がしい。ちょっとした歓楽街のようだ。それをよそに我々はやっと?落ち着いて食事。メニューもほんとこれまでに比べると豪勢だ。
 就寝、やはり、マラリヤが気になるので蚊取り線香やら虫除けを振りまいておいたが、壁がむしろではほとんど効果無しを再確認。私もベッドをずるずる外に出して星空を毛布代わりにねることにする。しかし、海抜マイナスのためは湿気が多く、天の川は今ひとつだった。

12月30日 アフデラ湖畔ゲストハウス、塩田、温泉  
 朝、昨晩の町中のバー?での現地労働者の騒ぎとは変わって、静かに迎える事が出来た。少し、散歩。

 日が昇って、歩いてアフデラ湖畔と塩田を見に行く。塩田は天日干しで、下は塩水を蓄えるためにビニールシートが広げてある。そこかしこにまだ広げる前のビニールシートの棒状の固まりが転がっている。まだ、塩水を入れる前と、いっぱいのところ、完全に乾いた白い大きな波紋の絵が描かれたカンバスが右左に見える。南国の稲作のように時期を換えて塩を作っている。足下を見ると、巻貝がいっぱい。塩湖にいるのだろうか?。

 アフデラ湖畔までくると、まるで南国の島のようだ!。なんと、ここには温泉が湧き出ていて、しかも、キャンプが出来る!。我々が停まったゲストハウス(どう見てもボロ小屋)、しかも、シャワーも汲み置きの水を数回かぶるのみ!。それに比べたら、ここでテント泊して温泉につかる、想像しただけでも天国と地獄の差!!!。しかし、場所が狭く、先客もいたことから取り合いで負けた?のだろう。残念だ!。温泉周りの湖畔を散歩すると、水鳥なども見られる。帰りは、やっと人とすれ違うようになる。きょうはいよいよエルタア・アレに向かう!。

アフデラ湖畔、海抜-100m
 町のゲストハウスに戻り、昼食の準備がまだなので少し町中に入る。一応、売店もあり、そこでジュースを買ってのどを潤した。ここぐらいしかお金を使うところがない!。
 朝食は、揚げパンと飲み物の簡単な物。他に昼食を作っているとの事。という事は、昼はどこか見晴らしのいいところでシートでもひいて、かな。

町の売店
ジュースはちゃんと
冷えていた

ゲストハウス前で朝食

朝食、簡単だ!
12月30日 アフデラ湖畔からエルタ・アレ山へ  
 出発前に町でアファール族の警察官3名を乗せる。我々の全部の車に1名ずつ乗るのかと思いきや、1台に固まって乗った。ガイド曰く、彼らはエアコンが嫌いなのだそうだ、だからエアコンの効いた旅行客の乗る車には乗りたくないとのこと、ほんとかな!?。まあ、それでも3名+ドライバーで少し余裕なので我々は問題無し。ポリスカーは少し狭そうだけど・・・。

 護衛?を乗せて。町を出る。しばらくはそれなりに整備された道だが、やがて、荒れ地、砂地、溶岩台地を抜けていく事になる。我々の車も特に砂地ではばらばらに走る。左右前後、とにかく気の向くまま走る。下手に前の車に近づくと砂埃で視界ゼロ、危ない事この上ない!。そこはドライバーも慣れている。しかし、やっぱりというか我々の車が砂にはまってスタックした。ドライバーが無線で急を連絡し、応援の車とロープやらスコップを出して脱出の準備。しかし、のんびりムードだ。暑いのだ。とにかくエアコンの効いた車から出れば別世界にいきなり飛び込んだという感じの暑さだ。そこへ通りがかりのドイツ人グループが我々を助けてくれる。ドライバーの方でなく、年配のドイツ人が手際よく、こうやるんだといって、事実上一人で砂を書き出して車が出やすくしてしまった。あっけにとられて見ているだけの我々。どうもありがとう!。

アファール族の村で休む

 途中、我々とそのドイツ人グループ以外は、数名の歩いて移動中の現地人を見かけたのみだ。
 昼頃、やっとアファール族の村が見えて来た。ガイドからは写真撮影に注意が出る。先のドイツ人以外にも数グループの旅行者がいる。村の人の住居を休憩と昼食で借りたいがなかなか前が詰まっていて空かない。車を数えると1台足りない。どうやら他の車もトラブルのようだ。それを待ちつつ炎天下を絶えしのぐ。湿気はないがやはり軽く40度は超えている。全員が揃ったところで、やっと、一部屋、というより一軒だが、そこに入って少し涼む。昼食も朝作り置きした物ですます。もっと村人の写真も撮りたかったがなんとなく張りつめた雰囲気だ。歓迎はしてくれているようだが・・・


12月30日 エルタ・アレ山ベースキャンプ
 アファール族の村をでると、またしばらく砂漠を走る。そばらくすると、草原、といってもかなり背が低いが、が広がって来た。右手は相変わらず溶岩大大地。右前には山が2つほど見えて来た。どちらがエルタ・アレだか?。数時間で、いよいよ右に間借り、溶岩台地の中を走る。砂漠より足は極端に落ちる。途中、こんなところに思う、アファール族の住居が点在している。すぐ側が草原だ。放牧の移動住居だろうか?。途中、アファール族の人も見かける。ラクダの一行はベースキャンプに向かっているようだ。途中、岩にはまってッスタックしたりしながら、進む。やっと、エルタ・アレのベースキャンプに到着。火山はまだはるか先に見える。結構、ツアー客がいるようだ。同じツアーの昨日登った人から無線で情報が入る。しばし、辺りを散歩。アファールの人も小銃をぶら下げてあるいている。少し雲行きが怪しい。通り雨だといいが・・・

エルタ・アレへの道
 
クスクスに近い?

野菜もたっぷり
 夕食前、とうとう降り出した。夕方出発したグループはさぞたいへんだろう。我々は早朝日野で前出発。懐中電灯やら準備が忙しい。荷物はラクダに乗せて先に送り出すためだ。

 夕食は、ボリュームたっぷり。しかし、夕食中もまた雨。それもすぐにあがる。今夜は空を屋根とし、簡易ベッドで寝ることに。雨の心配はないようだ。月が出ていたが薄曇り。当り真っ暗。いよいよ明日!。長く荒れ地で車で揺られたため爆死してしまった。

雨、しかし、すぐにあがる

もう辺りは光無し
12月31日 エルタ・アレ(煙の山)山頂へ
 早朝、といっても真っ暗の中、出発の準備。ライトをつけ山頂を目指して出発。最初は平地を歩いていたが、だんだん、岩の間を抜けたり足場が悪くなる。暗くライトの明かりが便りのため急がずゆっくり。少し明るくなってくると、同じツアーで前日登っていた一行と出逢う。健脚ばかりで3時間でのぼったとか。途中、休み休み、日も出てくると振り返って景色を見る余裕も出てくる。登りはさほど急ではない。しかし、最後の登りはちょっと急だ!。もう目の前に山頂が見えてくる。人も動いているのが見える。小屋らしいのも確認できる。後は一気の登るだけ!。


エルタ・アレ山頂!
 とうとう山頂!。3時間半でした。女性半分でまあ普通だそうだ。山頂は火口が2重になっていてキャンプは外側の火口にある。そこからは来た道がよく見える。噴火口、溶岩火口は煙が見えるがぽっかり大きな穴が見えるのみだ。さほど大きな音もしない。とにかくまずは休憩。石積みの小屋で日差しを避けて休む。高さは数百のため、やはり昼間は暑い。小屋の日陰がありがたい。 ここで、朝食をとる。しばらく休んだ後、いよいよ溶岩火口に降りる。もう別グループが降りていくのが見える。だんだん落ち着かなくなり、とても昼寝している状態ではない。火口の辺りをうろうろする。
エルタ・アレ火口湖(溶岩湖)初回
 やっと、火口に突入だ。縁からのは入り口は足場ももろく、私もカメラバッグを抱えての下山?なので滑って転がり落ちないよう一足一足確認しながら降りる。十数分後、火口湖に降り立つ。ここから内側の火口湖に固まった溶岩の上を歩く。ハワイで経験済みだが、太陽がぎらぎらでよけいに足下が暑く感じられる。足下の溶岩も黒いところや茶色のところがある。流れ出た時間とその時の成分の違いだろうか?。縁に沿って人が並んでいる。もうすぐ目の前!。


いよいよ火口の底へ


溶岩湖は2段構え


溶岩湖に見とれる!
 火口湖をやっと覗き込む。なんと、中は更に2段になっていた!。この下にもおりたかったが研究者だけだ。残念。しかし、それでも、あちこちで溶岩が噴き出している。縁の方だけかと思ったが中の報からも吹き出している。しかも、よく見ていると、全体が黒い蓋のようだがそれが少しづつ動いている。ちょっとした大陸移動説のシミュレーションだ!。途中から、D300Sで動画撮影に切り替える。音がすごく聞こえるが、ほとんど風の音。でも、迫力です!。
 少し余裕が出てくる。足下を見ると動物の毛のような物がある。石英が熱で溶け繊維化したものだ。

溶岩後の動画

溶岩湖と周辺
 しかし、あちこちで歓声が上がると視線とカメラはそちらに一斉に向かう。活動はちょっと穏やかだそうだ。あまり激しいのもなんだがもう少しという気持ちになってくる。慣れとは恐ろしい。もう戻る時間だとか。まあ、後、2回、降りてくる予定なので離れる事にする。それでも歓声が上がると気になる。

 火口の山頂に戻り、まずは、一休み。さすがにちょっと疲れた。この後、夕方と夜に降りる。そのまえに明るいうちに火口の縁の周りも歩いてみたい!。

エルタ・アレ火口湖(溶岩湖)周辺散歩

 少しウトウとしたが結局眠れず。あたりをうろうろ、地元の護衛の人も銃を肩にうろうろ。しばらくして、皆でもうひとつの火口見学に向かう。火口のヘリを歩く。足下に小さなガスの噴出口が目に入る。一応、ガスマスクは全員持参しているが、風が一定方向で、たまたま歩いている縁が火口とは反対側から風が吹き上がってきていてまずは安心!。後ろも振り返りながら火口に到着。こちらはガスの噴出のみ。少しその辺でぶらぶらしたのち、テント村に戻る。時間があるなら、一周したい。半日あれば行けそうだが・・・。夕方と夜の2度、また降りる事になっているので無理をしない事にする。



別の火口に向かう
エルタ・アレ火口湖(溶岩湖)2回目
 再び火口湖に降りる。今度は足取りも軽い。もう慣れた道のり(まだ一回だけなのに)。なんと、ちょっと活動が活発になっている。写真か動画か迷う!。デジコンでいいから三脚も複数持ってくれば良かったと思う。こういう時は、小型でも文句はない。日も少し傾いているので黒光りした溶岩湖と灼熱の溶岩の色がいいコントラストになっている。気のせいかガスが多い。一応、ガスマスクはいつでも取れるように手元においておく。風向きは今のところ心配ない。後ろ髪を引かれる想いでサテンと村に戻る。夜の訪問が楽しみだ。


溶岩湖 2回目
 一応?、年明けということで、ちゃんと年越しそば(もちろん、インスタント)が夕食となる。カップ麺、結構かさばるのに!。

エルタ・アレ火口湖(溶岩湖)3回目 闇夜の溶岩湖
 夕食はそれこそ簡単に済ませ、夜、闇の中を溶岩湖に向かう。前には噴煙が赤々と照らし出されている。もう何組か来ている。やはり、昼間より活動は活発だ。だが、それ以上に、闇の中に赤くうごめく溶岩は美しい!。写真を撮ったり動画撮影したりと忙しい事この上ない!。三脚持ってきてよかった(ビデオ用でないので動かす時はぎくしゃくしたが)。目の前の黒いカンバスとも行ってもいいような光景に見とれているとあっと言う間に時間が過ぎて行く。後ろからもう時間ですの声に目かさめる!。まあ、十分見たし撮ったし。
 今回の旅行のメインイベントはまずは大成功!。



闇夜の溶岩湖
     
エルタ・アレ火口湖(溶岩湖)最後の夜と夜明け
 夜、寝床は石作りの小屋の中でなく、外に簡易ベッドを設置する。ちょっと寒いくらい。我々の前の日本人グループは山頂で雨に当たったが、その心配はなさそうだが、ちゃんとした冬用のシュラフでないと寒くて寝れないかも。昼間の運動?のおかげで爆睡する。

 翌朝、まだ日が昇らない、薄暗い中目が覚める。早速、火口湖に目を移す。赤い息吹をしているようだ。

夜明け前


1月1日 エルタ・アレ火山を下る    
 下りは足取りも軽い。昇ってくるグループと情報交換しながらベースキャンプに到着。しばし、ここで荷造り。今しがた降りてきた山を振り返る。やはり、登山というほどの山ではない、低い。が、足場は悪かった。出発まで、あたりを写真のネタ探しにうろうろする。少年がうまくラクダを操っている。銃を担いでいる。通訳を通して話してみると、まだ、撃った事はないという。結構若い、十代には違いない。

山腹ベースキャンプ

朝食のお餅!

シリアルスープ
 朝食は、お餅が出る。もちろん、登山用の乾燥餅をインスタントの吸い物に入れたもの。でも、これがいい!。現地の人には不思議な食べ物のようだったが。
 我々が山頂にいる間に、交代の車が到着していた。調子の悪い車の代りが手に入るのはまだましかも。

 荷物をまとめて四輪駆動に分乗し出発。次の目的地はアハメッド・エラだ。今日丸一日走る。溶岩台地を遠くに薄く見える草原を目指して走る。途中、ヤギの放牧やアファールの人とすれ違う。溶岩台地と草原の境に近づくとアファールの村が見えてくる。なぜ、草原の上に村を作らないのか?。溶岩の上では寝るのもごつごつして不便なのではと思う。草原を大事にしているのかも。

溶岩台地を抜けて
アハメッド・エラを目指して砂漠?を疾走  
 溶岩台地を離れると、ずっと砂漠が続くかと思っていたらたまに草原が現れる。それもかなり濃い緑!。これならアファールの人が放牧で生活できると納得。アファールの移動テント村?や放牧にであう。車を止めるとよってくる。なにか売りにきたわけではないようだ。水を入れるペットボトルをほしがっている人も入る。途中、何度か少し湿り気だけを残した川を超える。川の近くには濃いブッシュも寄り添うが、すぐ側を砂丘が迫っている。一番広い川を超えるとき、なんと一台泥にはまってスタックしてしまった!。見た目は乾いているように見えたが、歩いてみるとところどころずぶずぶ沈む。これには驚く。全員総掛かりで脱出。足下は泥まみれ。思ってもみなかった出来事だった。砂塵をまき散らしながら疾走かと思えば、泥にはまる、草原を走る、なかなか飽きさせてはくれない。一行はどうやら近道を選んだようだが、前の車の砂塵が半端でなく、車は互いに距離を開けているので見失いそうで心配だ。たまに他のツアーの車の跡が出てくるのが不安を和らげてくれる。

砂漠で泥にはまる!
アハメッド・エラ  
 昼、とにかく木陰を探して、あちこち彷徨う。やっと、ささやかな木陰を見つけ、昼食。朝作り置きしたものを広げる。もう今日が正月ということはどこかにすっ飛んでいる。しばし、休息の後、砂漠を走る。途中、アファールの人や泥の川を渡る。乾燥した大地かと思えば、湿り気のある場所も走る。しかし、ところどころ小さいながら砂丘もある。いじれ砂丘に食われてしまうのだろう。
 まだ明るいうちにアハメッド・エラの村が見えてくる。やっと、長い一日が終わるかと思うとどっと疲れがくる。宿はなく、小屋の前の広場にテントを設営する。管理人?に許可を取っている間、少し散策。村井は笑顔もある、ちょっと安心。待っている間、子どもがよってくるが少し遠目に距離を置いている。恥ずかしがり屋が多いらしい。

昼食

カンズメ利用

作り置きのパスタ

ドライバーさんは
立って食事

ちゃんとデザートも

アハメッド・エラ到着

しばしの宿
 夕食はやっとお正月かとちょっとだけ思わせる豪華(ここではですけど)なもの。お酒やケーキパンまでマスキーさんが腕をふるう。今日は飲んだ(ちゃんと食べたし)。夜、星空の撮影のつもりだったがこれまでの疲れもたまっていたところへアルコールが入り爆睡してしまった。蚊が心配だったが、全くいなかった。しかし、暑さを少々の湿気に変わりはない。それでも苦になるほどではない。明日からまた新しい世界!。朝が待ち遠しい。

ちょっとお酒も

マスキーさん





ケーキパンまで!


1月2日 アハメッド・エラの早朝、ラクダの集合場所のワディ(枯れた川)  
 早朝、食事の前に塩の採掘所に向かうラクダの集まる場所、村はずれのワディ(枯れた川)、に向かう。まだ太陽は丘の下だが、もうラクダはかなり集まってきている。てんでバラバラでなく、ちゃんと全体を仕切る人がいて整然としている。しばらくすると、塩の採掘所方面に向かって、一列にならんでラクダが線が伸びて行く。中にはロバ隊もいる。最後のラクダまで見ていようかと思っていたが出て行く間もまだ集まってくる。もう食事の時間という事で一旦キャンプに戻る。

ラクダ隊とまとめ役
アハメッド・エラの朝
 ラクダの行列の後、少し村の中を歩く。あまり人影はない。村内で休むエチオピア軍兵士も見かける。実は村の外れ、ラクダのいた場所の反対側に軍のベースキャンプがある。まあ治安はいい方だといえる。
  食事は洋風!。やっと落ち着いた。村の子どもが遊びにやってきた。カメラも全くいやがらず観光客慣れしている。皆、素直でいい子だ。


朝食は洋風!


村の子ども・・・
塩の採掘場に向かラクダの列    
 朝食後、四駆に分乗しラクダの群れを追う。地平線に蜃気楼が見える。近づいて行くと、やはりラクダの列だった。延々と続く。途中、車を降りて歩いて行く。足場は泥沼。ラクダの歩いていないところは比較的白くなっているがちょっと足を入れるとずぶずぶ。振り返るとまだラクダが村から出てくるようだ。しばらくしてやっと最後尾が見えた。ラクダの列はアファールの人が操る。横着なr管も入るが相変わらず整然と進む。

ラクダの列
アサレ湖、塩の採掘場
  塩の採掘場に到着。エチオピア軍のガード付き。もうあちこちで塩の固まりの掘り出しと荷造りが始まっている。作業は、cあhんと分担されているようで、ティグレ族(キリスト教だとか)の人が塩を掘り返し、アファール族の人が一塊6KGぐらいのブロックに整え、それを20個ぐらいラクダに積む。ラクダを引き連れて行くのはまたティグレ族だそうだ。アファール族の方が楽そうだけど実入りはどうなんでしょうか?。今年は出来が悪いと言ってた。確かに、砂が混じって真っ白とはほど遠い。昼過ぎまで作業は続く。周りを見渡すとボリビアのウユニ塩湖に負けないくらい広い。白さではちょっと。でもこちらは海抜0m。昼時までなかをふらふら。何人かが目をさしてなにか合図をくれる。目が眩しいのでサングラスがほしいとのこと。余分、持ってないし。


塩の採掘
アサレ湖、水辺、島?
  茶色の塩の採掘場からアサレ湖の水辺に向かう。薄い水面が広がる。しかもこちらは真っ白!。ウユニ塩湖の冬、雨期に来たのと同じ雰囲気だ。これは思ってもみなかった。エチオピア軍のガードも混じって皆で記念査定。
 次は島?に向かう。途中から大きな茶色の蓮の花園に変わる。島は赤茶けた岩山。表面は塩が暑く付着してて、バラの刺のよう。ここの赤い城はなにかの効能があるらしい。しばし休憩とのことで周りを歩いたり登ってみたりする。登る時は要注意。なんせ塩の遂げで覆われているので倒けようものなら大けがになりかねない。ここで昼食かと思っていたら一旦戻る。白い大地は一見固そうだがやはり走るとぬかるみと変わらない 。


アサレ湖


島の周りは幾何学模様
 村につくと、もう、昼食の用意は出来ていた。ハンバーグと野菜、デザート。日を避けるためテントの側の小屋内で食べる。しばし、休憩。
           
ラクダのキャラバン
 休息後、村に戻ってくる?ラクダのキャラバンを見るため、歩いて村を出る。もう遠くに列をなしたラクダが見える。ちゃんと皆道具を持ち帰ってくるのでちょっと見せてもらう。ロバも混じっているが少ない。荷物はラクダに限る、ということだ。しばし、この行列を楽しむ。ラクダの引き方もひとそれぞれ、でなかなか飽きさせない光景だ。一行は、するするとアハメッド・エラの村に吸い込まれて行く。


ラクダのキャラバン


塩の税金


これから山越え
 村の入り口で ラクダの隊列を待つ。列はアサレ湖まで延々と連なっている。村の真ん中を素通りではなく、途中、朝ワディで仕切っていた人に塩のブロック一枚を税としておさめる仕組みだ。中には渡しながら長々となにやらやり取りする場面も!。その間、ラクダは我関せずとばかり村を抜けて行く。

 ラクダの行進に飽きたので、少し散歩する。今朝のワディの外れに人が集まっていたので見に行く。村の共同井戸だ。

 日が暮れると、夕食。今日もボリュームも味も満点!。

村の共同井戸
 


1月3日 アハメッド・エラの朝  
 日の出前、朝日をみるため村はずれまで急ぐ。おかげで奇麗な朝日を見る事が出来た。アサレ湖に日を落とす赤い太陽もまたきれいだ。戻る途中、鳥を発見する。確認するため少し後を追うが、ドライブインで見たやつと同じだった。朝食後、村の子どもが遊びにやってきた。出発前はちょっと忙しい時間になった。

村はずれで朝日を待つ

朝食
ダロール地区/ダロール火山  
 今日の目的地、ダロール火山に向かう。今日も延々と続くラクダのキャラバンを横目に砂と塩のカーペットを走ると、遠くに黄色いなだらかな丘陵が見えてくる。すでに別のグループも到着して登り始めている。

 ダロール火山登山開始。なだらかな丘陵だが、足場は良くない。なによりそこかしこ刺々しいので転ぶと大けがになりかねないので要注意!。景色は、別世界!、別の惑星に降り立ったようだ。不思議なモニュメントが次から次への目に飛び込んでくる(カメラが)忙しい!。

ダロール火山登山口

ダロール火山
化学館へようこそ!

活動しているところは
やはり動画で!
 言葉で表現するのは私の国語力では無理なのでギャラリーでご覧あれ。数時間いても飽きないところだ。やっと?帰るよとの声がかかる。
 下山途中でちょっとハプニングが!。なんと、護衛の兵隊さんが足を滑らして噴出硫黄で出来た酸性の水たまり(あちこちにある)にどぼんしてしまい、足を火傷!。仲間の兵隊がオンブして駆け下りて行く!。大丈夫か?(いろんな意味で・・・)。足の包帯が痛々しかった。自分も暑さで少しだれていたので再度気を引き締める。ここで怪我などナンセンス!。

 火山とえば温泉。ということでもないが、次の目的地はすぐ近くにあった。そこかしこに温泉池が出来ている。湯量は多い。もちろん、ゆったり湯浴みできるわけではないらしい。多くは泥まじりだが、中には比較的澄んだ透明度のいいところも。

温泉!?
 アサレ湖の真ん中にある島?で昼食。村に戻ってしばし休憩。おやつの時間は、借りている部屋で暑さをしのぐ。風がないとどこも同じだが。

 夕方、再び村はずれに行く。いつものようにラクダのキャラバンが連なる。村ではアファールの職人の家族が笑顔で待つ。村に入ると、アファール族の人は早速道具の手入れ。


アサレ湖の真ん中で昼食

キャンプに戻り
しばし休憩

村は、家族の帰りを
笑顔で待つ人でいっぱい
 夕食はメニュー盛りだくさん!。明日からはいよいよ帰路。夜、星空の撮影をしたが湿気が多いせいか期待したほど奇麗な星空ではなかった。
 

1月4日 メケレに向かう  
 アハメッド・エラ最後の朝、朝日を見に行く。ちょっと、霞んでいた。キャンプ地は荷造りも済みもう出発準備が整っていた。見送りかよくわからないが見回りの軍人がぶらぶら。村の朝は井戸端会議で始まっていた。

 メケレに向け、今日は荒野の高原を走り、山岳地帯を抜け、途中、昨日までに出発したラクダのキャラバンを追い越しながら走るだけの行程だ。ちょっと、退屈になるかと思ったが・・・。少し走るともうロバ隊やラクダ隊とすれ違う。予想外の水のある川を渡る。途中、一番の難所、見た目はちょっとした登り坂なのだが、砂と砂利と大きな石がごろごろしていて4輪駆動といえど走破するのに苦労する(動画あり)。一気に登りきるドライバーもいれ手こずるドライバーも!。我々は積載重量を少しでも減らすため歩いて登る。

メケレ向け荒野を走る

 枯れた谷に沿って山岳道路をどんどん走る。小さな小川が見えてきた。なんと、その先にはカワイイ滝が。先客が水浴びで盛り上がっている。あたりを調べるとカエルとオタマジャクシがいっぱい。ちょっとしたオアシスだ。しばし、ここで涼む。ふと気がつくと我々の4駆の荷台に生ヤギ、つまり生きたヤギ、が積んである!。もしや昼食!?。どうやらそのつもりで村で買ってきたらしい。結局、日本人Gノ嫌そうな顔のおかげでヤギ君がメケレまで命拾いした模様。その後は行方知れず。


瓦礫砂漠の中に小さな滝

滝の住民
 オアシスで一休み後、再び出発。ダートだが時折木々がある。たまに道路工事の現場にも出くわす。徐々に道路整備が進んでいる。いろんな意味でいいことのようだが、塩のキャラバンで生計を立てている人たちには死活問題だ。道路が整備されるとラクダがトラックに取って代わることになるからだ。ラクダ引きがそのままトラック運転手になれればいいが・・・。ということでここでも反対運動らしきものがあるとか。

徐々に道路整備が進む


1月4日 ベルハ・アレで昼食      
 昼頃、ラクダのキャラバンの中継地のベルハ・アレに到着。結構大きな町だ。人も多いが、男性は仕事に出ているせいか女性や子どもが多い。昼食までしばし町中を散歩。学校のような場所もあった。アハメッド・エラを出て初めてラクダのキャバンに出会う。その後をトラックが走って行く。いずれはラクダもこのトラックに取って代わられてしまうだろう。

 昼食前にレストランでコーヒーセレモニーを味わう。

ベルハ・アレの町中
 


 
コーヒーセレモニー
作り置きの昼食
       
1月4日 アファール族の村訪問  
 ベルハ・アレからしばし走ると、川沿いに小さな村が見えてくる。ここでガイドは車を泊めて訪問交渉。どうやらまとまったらしく、村の中に入る事が出来た。村と行っても、小屋が少しある程度。家族が物珍しげに集まってくる。子どもはやはり人なつこい。中には顔立ちのいい美少女もいた!。どうやら写真撮影は慣れているらしく、いやがらずに笑顔を向けてくれる。住居の中も見せてくれる。帰りしな、村長!?らしき男性からちょっと袖の下をそれとなく要求された。まあ、私もかなり写真撮ったので少し手渡す。彼の小遣いになるのだろう。

アファール族の少女
   
1月4日 塩のキャラバン隊に追いつく  
 村を後に峠を目指して走る。途中、なんと、路線バスとすれ違う。こんなところでも路線バスがあるんだ!。やっと昨日出発した塩のキャラバン隊に追いつく。

 峠近くでまたアファール族の村を通過。村の子どもがラクダのキャラバンと我々に興味を持ったのか道ばたから様子見!。なんと我々のドライバーさんがその中の一人の少女を手を引いて連れてきてしまった。なかなかの美形でしたが、ドライバーさんも積極的だけどこの女の子もまんざらではなかったようで。

塩のキャラバン隊

またアファールの村通過
1月4日 峠越え    
 アファール族の村を後に峠を目指す。長いキャラバン隊を横目に坂を上る。さすがにラクダもえらそうに見える。峠はいい眺めだ。また結構緑が多い。少しココで休憩。後は、ひたすら峠を下る。

峠越えのキャラバン
1月4日 メケレ  
 峠を降りると高原が続く。同じような景色が続きだんだん飽きてきてみな熟睡状態。一人、なんとか写真撮影にいそしむ。メケレ近くになったせいか舗装道路に変わる。快適な、そして、眠いドライブとなる。急に疲れが来たか!?。しばらくして携帯電話の圏内に入ったらしく、さかんにガイドとドライバーがやり取り。なんと、最後の目的地、崖にある洞窟壁画、が行けなくなったとか!!!。詳しい事はホテルについてからとなる。ここで皆の目が覚める!。
 ホテルにつくと事情説明。お役人がこのメケレで会議を開くため、航空便を押さえてしまい、そのあおりで我々の予約が夕方から朝に変更されてしまったらしい。まあ、こういう国だからあり得るけど。そのため、午前中に行く予定の洞窟壁画はキャンセル。私含め数名は、洞窟壁画行って、夜、車でメケレからアジスアベバまで夜通し走ってもかまわないと思ったが、どうやらすでにドライバーさんたちは、メケレを出て帰路についてしまったとか!。何ともはや、臨機応変のできない会社だ。あきらめが良すぎる!。

メケレ間近でドタキャン
 ホテルでは、やっと一息と行ったところ。久々に現代に帰ってきたような気持ちだ。さすが、大きな年のホテルだけあって内装もいい。夕食もちょっと豪華な感じ、まあ、これまでがワイルドだったから余計そう感じるのかも。あまり町中は見るところはないようなので、シャワーを浴びて休む事にする。それにしえも、洞窟壁画、残念!。なかなかここまでくるのがたいへんなんだけどなー・・・。

ホテル
 
















以上