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●2006年4月 中近東古代遺跡 : ヨルダン、レバノン、シリア
06年4月29日〜5月8日  【地図】 【旅行日程】
 今回も南アフリカナミビアを申し込んだが人が集まらず。たまたま塩野さんのローマ人の物語をよんでいる最中でいずれはと思っていた中近東コースに変更した。しかし、もしみなさんが時間があってなんどでも行けるなら、3カ国いっぺんでなく1カ国ずつじっくり回る国ばかりです。レバノンなどは美人も多かったし!(やっぱ、男ですから眼がそちらに向いてしまう)。特に、ペトラ(大好きなあのインディージョーンズの舞台は一日ではもったいないくらいです。炎天下で歩いて足が吊っってしまい、尚、後悔が先に立つ。また、申し込みが遅くてマレーシア航空&マレーシア経由でエミレーツ航空の豪華機内も逃してしまった。次は、1カ国ずつ行きたいです。

4月29日-30日、成田〜クアラルンプール〜ドバイ〜アンマン
 少し遅れてクアラルンプールに到着。ホテルからツインタワーが見えるなど夜景がきれいだ。本名の観光ではないし、特に明日は3時起床なのでさっさと休んだ。

 朝、3時起床。簡単な朝食を取り空港に向かう。飛行機の方はさっそく1時間の遅れ!。まあ、移動日だからいいけど。

 11時半頃、左にアラビア半島、右に紅海が見えてきた。11時半ドバイ着。買い物で有名だが私はブランドものに興味が無いのでウインドショッピングとマンウオッチングで時間をつぶした。男性はターバン?に白い長いタープドレス、女性は黒いタープドレス(眼だけしか出していない人も)、しかし、偶然なのか美人が多い、が写真はたぶん頼んでもだめそうなのでやめておいた。ここでは結局20分程度で、12時20分には再び同じ機に搭乗。

 雪を冠ったレバノン山脈が見えてくる。機内はアラブらしく男性のおしゃべりがあちこちで始まっていた。初対面でも気兼ねなく話しかけてくる。私もレバノン山脈の写真を撮っていた時、レバノン人だという人と少しおしゃべり、いろいろ話していると今はオーストラリア人だとか、その前はアメリカで医者をしていて今回は帰郷だとか。

 17時頃ベイルート国際空港に着陸。ここでやっぱり?トラブル発生。なんと16時発の我々の乗るはずの飛行機番号が電光掲示板にない!。元々遅れていたので予定変更になったらしいが代わりがいつ出発するかしばし分からず。まあ、今日中にアンマンにつけばいいけど。入国審査前でたむろしていたら次の飛行機がくるので奥に固まっているようにと追い払われたくらいで手持ち無沙汰だ。やっと、20:30の飛行機と判明。結局ベイルート国際空港空港内でウインドウショッピングとなった。砂糖を使ったみるからに甘そうな菓子とかナッツ類が多い。30分もあれば見れるので3時間手持ち無沙汰。どうせならドバイの方が面白かったが...。ここでレバノンの地図を購入(TouristicMapofLebanon $7)。


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クアラルンプールの夜景

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レバノン山脈
 やっぱり定刻どおりに飛ばず21:10頃離陸。機内食はサンドイッチ2個にキュウリ?とオリーブとジュース。

 22時頃アンマン空港。パスポートの後でX線検査でひっかった(なにが引っかかったか結局分からずじまい)が形式的なチェックのみですんなり通過。22:40に送迎バスに乗り込み、23:15ホテル着。ホテルは手荷物の検査のみ、スーツケースはノーチェックだった、なんの意味があるのだろうか?、多分、法律で義務づけられていて形式的に実施しているのだろう。夕食は23時40頃、軽く食べすぐに部屋に入って明日の準備に時間をかけた。


5月1日、アンマン城塞/ヘラクレス神殿/アンマン考古学博物館
 8:20ホテル発、10分でアンマン城塞に到着。城塞はさほど大きくなくすぐそばにヘラクレス神殿跡とアンマン考古学博物館があるので観光には1時間もかからない。神殿からアンマン旧市街の眺めはなかなかいい、ローマ劇場も見える。考古学博物館の目玉は死海文書、唯一、一般公開(イスラエルのも別の物があるがこちらは非公開)されているもの、ヘラクレスの左手、ナバティア人の棺。観光後、ちょうど入り口ではピースボートの観光客が入って来るところだった。結構な人数だったので同じ持間でなくてよかった。尚、トイレは考古学博物館内しかない、当然有料。
 バスに乗る前に市内を見ると巨大な国旗がたなびいていた。世界一の大きさだそうだ。でかいだけの風にたなびいているのが今ひとつわからずしばし眺めていたくらいだ。9:10頃、出発。アンマン市内を観光で新市街から旧市街を抜けマダバに向かう。



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会館時間や休日は
ちょっと注意が必要!
事前に調べてこう
アンマン考古学博物館正面

階段上の左側にへたクレス神殿にあった手がおいてある
世界最大?の国旗
風が強いとき
大丈夫か?

マダバ聖ジョージ教会/パレスチナモザイク地図
 10時頃マダバ到着。途中バス内でミアラバはフルーツという意味との話があったがなぜその話でたか忘れてしまった。駐車場近くのビジターセンター(パンフもある)で少し休憩し、そこから教会までは10分程度町中を歩く。モザイクの店や砂絵の店などちょっとゆっくり見て回るのも面白そうなところだ。教会自身は立て替えなどでさほど古くない。中は小さく、奥の床にパレスチナのモザイク地図があった。咲きにきていた方達の説明が終わるまで待つ。しかし、いくら石で出来ているとはいえガイドの人はむぞうさに杖でモザイクをつつきながら説明していたのには驚いた。待つ間、我々のガイドはメインの地図でなく壁際にあるじゅうたんに覆われたモザイクの端など見せてくれた。
 入り口でモザイク絵MAP(どこの地形かの説明がちゃんとある。gallery内参照)が 2$ か 1.5JDで売っているので写真よりこちらがお勧めだ。


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 帰りに、露天屋で豆?を売っていたが生みたいで遠慮した。途中には、モザイク学校もあった。10:40にはもうバスに乗って次のネボ山に向かう、すぐとか。



パウロ2世
訪問記念碑

小さな穴がすすめの巣になってました!
ネボ山
 ネボ山には 0:55着。山というより丘だ。入り口でバスを降りてチケットを買う。少し歩くと途中、ローマ法王ヨハネパウロ2世訪問の記念碑(左写真)と左手にモーゼ終焉の地の記念碑がある。その奥が遺跡の上にたてられた教会があり、更にそこからが死海やヨルダン渓谷など景観が広がっている。蛇のモニュメント(現代アート)からがパノラマビューで、左手に死海(残念少し霞んでよく見えない!)、正面にパレスチナ、右下にもモーゼの泉(シナイ半島にもあった)、視界がよければヨルダン渓谷がよく見える。晴れていて暑いくらいだ。教会はローマ遺跡の上に教会がAD4世紀に立てられ、最近発掘されたもので、復元中だ。床はモザイクで飾られている。ローマ遺跡は奥のちょっとしたところにのみ。中は土産物も売っているが、ちゃんと今でも教会として使っている。


燃えるような赤い花が
丘の回りには
いっぱい

教会横を抜け
パノラマビューポイントに向かう

gallery
ネボ山

今でも礼拝が行われている

 11:50頃出発。ヨルダン渓谷を死海に向かって下っていく。途中ジプシーのテントが数カ所あった。

死海
 12:30頃死海畔のホテルに到着。ここで死海遊泳を楽しむ。確かにプカプカ浮く。と言って、それ以上楽しむことと言ったら泥パックくらいかも。水は濁っていて潜ろうとは思わなかった(潜れるかを試す気にならなかった...)。
 遊泳を楽しんだ後はシャワーで塩水を落とすのだが、これがまた水の勢いが弱く大体流したかなってところですぐにホテルのプールに飛び込んだ。こちらのほうが確実に塩分を落とせる。プールで泳いでいて気がついたが海水パンツの後ろにかなり泥が詰まっていた!。死海遊泳場所は立って歩けるほどで、場所によっては膝下ぐらいの深さしか無いところもある。泳いで浅瀬を通過したとき確かにお尻を死海海底?に擦った覚えがあったので間違いないだろう。そのまま海水パンツに泥をつけたままにしてビニールに入れておいた(死海海底の泥のお持ち帰り!)。



gallery & movie
死海遊泳
 気温は35度。予報では39度とか。2時頃は日が照ってきたので砂浜はそれくらいいったかも。お客も急に増えてきたが、ヨルダン軍人の一団が入ってきたのは少々驚いた。観光ということはないはずだが?、かといって何かを調べにきた訳でもなさそうだし...。ホテルには土産物屋もあるがこれといって特筆すべき物はなし。14:30ロビー集合後、ペトラに向け出発。

ペトラに向かう
 16時頃ドライブイン兼土産物屋のカトラーナで休憩。死海グッズで有名な店とか。ここでヨルダンツーリストマップJD2(US$2)を購入。トイレ休憩後16事犯頃出発。30分おきぐらいに道路にわざと段差がある。やっぱり紛争が絶えないのでこういったことはしかたない。左右の砂漠にはよくやぎ飼いがいる。砂漠は全てヨルダン国王の所有物とか。途中、煙を上げている工場があった。リンが特産の一つでその工場だそうだ。

 18時頃、ペロラ観光の町ワディ・ムーサに入る。途中、白い3つのドーム(モーゼの泉があるところ)があったらしいが見落としてしまった。明後日の帰りには必ず(ホテルからはそんなには遠くないが夜にくるのはちょっとやめた)。


リン工場


ワディ・ムーサから
ペトラ方面を望む
 すぐに今日のホテルに到着。今日はゆっくりできる。ホテルの入り口では砂絵ボトルの実演中だった。チェックインまでしばし見ていたが、ストローのような道具で上手に砂をボトルに落としていき、次に針金のような物で砂を整え絵にしていく。砂は原色に近いきれいな色だが全て現地物ではないらしい。ペトラ内ではベドイン族の人が現地の砂を使った物で土産物としているとのことでそちらを購入することにした。

 夕食後、ホテル近くの通りを散歩したが砂細工屋など30分もあれば見て終わる。明日は丸一日歩くことになりそうなので早く寝ることにした。

砂絵ボトル作成中

ホテルの部屋

ホテル近くのを散歩




ペトラチケット
5月2日、ペトラ ナバタイ人の首都
 朝早く、5時頃夜明け前にホテル前の丘に上り、ワディ・ムーサやペトラ方面の朝焼けの写真ゲットを狙った。しかし、朝日は山の後ろ(ワディ・ムーサの町の後ろ)から登ってきて真っ赤にはならずがっかり。しかし、この丘からはペトラ入り口付近とペトラフ面の全景が見えるのでいいポイントだ。少々登りになるがいく価値はある。ホテルに戻る時、途中で馬をひいた人から乗っていかないか、1$だ、といいながら近づいてきた。どうやらペトラゲートからの送迎馬らしい。7時頃ホテルにて朝食を取った。再度、今日の準備、といってもカメラ回りの整備だけど、に勤しむ。


gallery
 8時半ホテル発。晴天でやや雲がある程度。徒歩でペトラゲートに向かう。数分で着く。ゲートからまたシーク入り口付近まで歩きだ。左側には馬の道路がありこれに乗って行くこともできる。しかしシーク入り口までもちょっと見るところはあるので歩いた方がいい。

チケット売り場から

歩くか馬車か?

gallery シーク
途中にナバタイ人の墓(キューブのような形)やオベリスクの墓が左右に見えて来る。道路のすぐそばだ。そこを過ぎるといよいよスーク入り口だ。

 実は、私は映画のイメージ(インディージョーンズ大好き!)だけでここに来てしまったが、事前に世界の文字サイトでナバタイ人のナバタイ語の雰囲気(ナバタイ語の文字の事例がある。右は縮小しているのでサイトの方で見てほしい)を知っておくと来たときの楽しみも増える(ちょっと後悔!)。
シーク
 シークは細く高さ100m近い崖に囲まれていて色合いもびっくりするほど赤みがかった回廊になっている。途中には、ナバタイ人の祭殿や水道管の跡、ローマ街道の残りなど。15分ほどだが、初めて来た人にはエル・ハズネまでは長く感じるだろう。なぜならただ歩いて通り過ぎられるような場所ではなく特にカメラ好き自然の景色好きにはたまらないところだ。丸一日いて日の方向で変わる景色を楽しみたいところだ。ただ、狭い道で観光送迎馬車がひっきりなしに走るので要注意だ。

エル・ハズネ
 一体エル・ハズネはいつ着くか?、と思っていると暗い岩の隙間から明るい色が見えて来る。あのシーンそのものが迫って来る。しばし、エル・ハズネの入り口で思いに浸った。とうとう来たんだ!。目の前に赤く輝く神殿が見える。

 ここは、ちょうどシークから入るとT字路みたいに行き止まりのように見える。中は観光客やラクダでいっぱいだ。時間の余裕があるなら他の観光客と少し時間をずらしたほうがいいかも。

gallery エル・ハズネ

発掘中の地下遺跡

土産物屋

 まずはまっすぐ神殿に向かう。入り口には警備兵がいる。気軽に写真に応じてくれる。中は、やはり大きな部屋が1つ。中も真っ赤だ。左右にも小部屋。正面の手前には発掘中の地下遺跡が金網で防護されている。しばし歩き回る。ベドイン族の子供の物売りも必死になって写真とかなんでもない石を売っている。だんだん観光客も次のポイントに移動し始めた。我々も後を追うように次の遺跡に向かう。ペトラは終日いるので帰りの夕日のエル・ハズネが楽しみだ。

さらに先に進むと..

ペトラ(ギリシャ語で、”岩”)
 エル・ハズネから少し進むと左手にナバタイ人のお金持ちのお墓が見えて来る。壁は天然の模様がちょっとエキゾチックだ。更に少し進むと今度は一般の人らしいお墓(小さい集合帯)が見えて来る。右手には遺跡がある。ここでベトウィンの人の砂ボトルの店があり、一本注文した。帰りまでに自分の名前などが入った砂ボトルが受け取れる仕組みだ。作成しているところも時間があればゆっくり見ておきたい。

gallery ペトラ入口付近

砂ボトルの店

ローマ劇場入口

 ここには休憩所があるのでしっかり休んでおいた方がいい(ついでに水がなければ買っておいた方がいい)。先はまだ長い!。休憩所の反対側にはローマ劇場もある。ちゃんとコンサートなどが開催できるそうだ!。正直、私はエル・ハズネぐらいしか知らなかったがのこ先がこんなに広いとは思わかった。絶対体力は必要!。数日かけてじっくり見る価値はある。しかもまだ発掘中もある。

 休憩後、列柱通りを奥に進む。途中、王家の墓があるがこちらもたくさんあって帰りに寄ることにした。これまでの崖の谷間を進んでいたのとはうってかわって広い場所の一本道を進む。ローマ柱は右側のみのこっている。途中、大寺院跡など。廊下の終点にはハドリアヌス凱旋門があり、そこを越えると左手にカスール・アル・ビント遺跡(王の娘の城、という意味。ナバタイ人の最高神ドウシャラを祀った神殿)があり、右手の方に更に奥の神殿に続く。まだあちこち発掘中だ。とにかく先に進む。突き当たりは、休憩所で昼食などがとれるレストランがある。ここでしばし休憩後、右側に進んでエド・ディルに向かう。

gallery 列柱通
 少し進むともう階段だ。体力に自身の無いホ人はロバを頼んだ方がいい。途中、少し左にそれてライオンの墓に寄り道する。そこからは結構きつい登りだ。最近ちょっと運動不足なので少々堪えた。途中で、ヤギの群れにあったり、休憩所で休んだりしながら進む。家族でやっている出店などもある。大体おばあさんと子供だ。下の方とは違いそんなにしつこくはないのでなんか逆に買ってやりたくなるくらいだ。登りはとにかく左右が崖のところもあるので要注意!。右側に十字架の彫り物が見えて来るともう間近だ。エド・ディルの頭が見えて来るともうすぐ右側。

gallery エド・ディルへ

途中の休憩所で一休み
 最後の階段を上りきると少し下り。つくと正面に休憩所&土産物屋がある。エド・ディルは左側に進むと見えて来る。エル・ハズネと同じような作りだ。大きさはペトラでは最大。エド・ディルとは修道院という意味だそうでビザンチン時代に修道院として使われていた。入り口では観光客が笛を吹いてた。
 ここより更に右の方に進むと絶景ポイントがあるが時間がなく諦めた。

 しばし自由時間の後、再び下る。足ががくがくだ。カスール・アル・ビントの反対側にあるレストランで昼食をとる。バイキング形式で室内と屋外で食べられる。屋外の方が風通しがよく気持ちいい。そばでバーベキューもやっている。しばし、ここで休憩後、自由時間となった。後は各自ホテルに帰ればいい。

gallery エド・ディル

出店?も数件

 私は、ローマ兵の墓方面に向かい大きく回り込んでそこから王室墳墓群に回るという欲張ったコースをとることにした。休憩中、以前日本人が迷って夜遅くにやっと発見されたことがあったと聞かされちょっと躊躇したが、他の国のツアー団体も同じ方向に向かっていくので何とかなるだろうと思い出発。

 カスール・アル・ビントの横を通り抜けて丘を登り始めたがなんと足が吊りそうになってきた。一旦丘の上で休憩して景色を楽しむことにした。丘からは、列柱通り/エド・ディル方面/カスール・アル・ビント(ドゥシュラ神の祭殿)/王室墳墓群など一望できるので是非お勧めの場所だ。

 1時間ほど休んだがどうも完全に回復とはいかず、相変わらずかんかん照りで水のほうも心細かったのでやむなく来た時の王室墳墓群のほうに向かった。王室墳墓群の下にある休憩所で一服後また少し登ると墳墓群となる。墓に沿って奥まで進むと、さらに向こうに住宅が見えるがこれは地元の人たちの住居だとか。子供がそちら方面に向かっていたので間違いないだろう。できれば寄りたかったがもう体力も時間もなく諦めざるを得ない。ほんとに一日では到底堪能するのはむりなところだ。これでまだ発掘中だというのだからまた何年か後に来てみたい。





gallery 丘から
 帰りに頼んでおいた砂ボトル(左)を受け取る。名前と一緒に年号もおねがいしたはずだったが名前しか入ってなかったのはちょっとがっかり。まあ、こんなものかな。回りも人がまばらになるが中にはこれから入ってきた人もいる。締め切り時間は大丈夫なのだろうか?。

 帰路は日が少し傾いてきていてきた時とはまた違った景色を見せてくれる。ほんと夕日まで待っていてもよかったかも。エル・ハズネはかなり谷の中なので赤く染まるのはむずかしいだろうが谷以外のところなら期待できそうだ。エル・ハズネやシークを抜けふらふらしながらホテルにたどり着いた。今日は夜も出歩かず爆睡状態だった。

gallery 王室墳墓群

gallery 帰路


5月3日、ジェラシュへ
  7時頃バス出発。町の出口付近で来た時に見逃したモーゼの泉があると言う3つのドームの家をチェックしたが走っている車からではよく分からなかった。

 途中、学校に通う子供を見かけたが、休みが金土だとか。しばらくは砂漠の中を進む。砂漠はほとんどが政府所有らしい。ジェラシュに向かっては北上する。


 7:45頃デザートハイウエイに入る。左右にオリーブの畑も見えて来る。オリーブは自然の降雨で成長できるので手間がかからないここでの最適な植物だ。ただ、人が暮らすためにはやはり隣国シリアから水をもらっている。途中の眺めは結構楽しめる。廃物利用の門とかもあったりで楽しい。


途中の村

スイカ売り

トレーラーの門
 8時半頃カトラーナで再びトイレ休憩。ここで泥石鹸3個$6、顔用泥パック$18を土産物として買った。楽器もあったがなんか怪しげなのでパス。8:55出発。
 途中ガイドが5つ星のホテルがあると言い出したがなんと監獄だった(彼は冗談のつもり)。こちらでは車は2割り程度保有し、一番人気はBMWで、日本、韓国、そしてUSAだとか。パンはホムス。農業は輸出しているくらい(これは以外だった)でリン鉱石に継ぐ稼ぎ頭。観光業は911テロ以降は2番目から5番目で西ヨーロッパからが一番多く、USA、そしてアジア。911以後は当然USAは激減したともこと。9:40頃、ドライバーのシリア国境越えの手続きを会社に確認するため立体道路の日陰でしばし停車。会社からの手続き書類を受け取り出発。だんだん人は多くなる。道路脇で立っている人は渡ろうとしているが、たとえ歩道橋があっても使わず車が途切れるまで待つそうだ。今日も晴天だが風は強い。10:10やっとアンマン通過。
アンマン市内の道路内の帽子売り。信号で車が止まると近づいて来る


ジェラシュ遺跡
 11:00頃ジェラシュ到着。ヨルダンではペトラに次ぐ遺跡だ。入ると小学生?らしき一団と一緒になりカメラを見つけて盛んに我々の前に出て来る。入り口付近の競技場ではショーがこれから始まるためローマ兵があちこちにいた。南門を入り、更に進むと柱で囲まれた馬蹄形の広場に出る。そのすぐ横はゼウス神殿。更に進むと円形劇場ではバグパイプ゚の演奏があり劇場の音響効果を実感できる演出になっている。ここの最上段はこの遺跡の全景をみるには都合がいい。

gallery 1

gallery 2

ジェラシュチケット
 マンフォールが残るローマ支柱通りをぬけ、十字路を越え、いくつかの遺跡を見てからいよいよアルテミス神殿にたどり着く。青空に支柱が映える。ガイドが左2本目は風で揺れることで有名で胸の高さのところに透き間があり指を入れると揺れているのが分かる。帰りは自由行動。下の道は地震でデコボコだが昔は平坦だったろう。馬車の走った後の窪みや下水道のマンホールも残っている。観光は12:50で終わり12:50発。ここも半日で見れる場所ではない。

gallery 3
 13:00近くのレストランで昼食。でかいピザのようなホムスを胡麻誰や野菜など挟みながらいただいた。ここではホムスを焼くところも見学できる。


 昼食後ヨルダン国境まで40分で国境の町ラムサに14頃到着。出国手続きで30分ぐらい。免税店もあるがあまりこれと言った物は無い。今日は混雑していて出国手続に時間がかかった。 14:50係員の直接パスポートチェックをバス内で実施、さらっと見て回っただけであっと言う間に終わり。バスは検問所を通り抜けすぐに緩衝地帯に入る。この間、写真は厳禁なので少々退屈だ。

  14:55にはシリア側検問を通過し、シリア側ダラーの町で入国手続き。入国出国とも時間は30分程度だが混み具合や政情などで変わるので余裕を持った方がいい。15:08手続きが終わりまたまたバス内で係員のさらりとしたチェックのみ。そしてアーチの検問所でもう1回チェック。15:37やっとシリア側ガイドを乗せてボスラに向けて出発。


ボスラ遺跡
  16:15頃ボスラに到着。凱旋門は時間の都合でバススから見えたのみ。今回は時間がなくメインのローマ劇場のみだが、劇場の屋上から遺跡全体が見渡せる。遺跡はどこもほんとうに黒く、内部の正面の支柱のみ白い。これはパルミラからもってきたとのこと。ここは今でもコンサート等で使われているらしい。遺跡の回りにも人が住んでいる場所も遺跡の一部だったりする。ローマ劇場遺跡内の通路は暗いところばかりでフラッシュがあるといいかも。遺跡内にはあちこちから出土したローマ時代の墓とか彫刻、壁画などちょっとした博物館がある。但し、適当においてあるという漢字だが。遺跡内では家族連れがお弁当を広げていたりする。

町からローマ劇場に向かう

ローマ劇場の入り口

ジュース屋  

 観光後、ジュースで一服

gallery

ローマ劇場内で
くつろぐ地元の人
 17:05観光終了。外で絞りたてのオレンジジュースで喉を潤した。その後、すぐにダマスカスに向けて出発。バスの中で地元ガイドさんが土産物の紹介をしてきた。せっかくなので、ダマスカスクッキーを注文。胡麻をまぶしたクッキーで彼曰く名物だとか?。

 18時頃ダマスカス市内に入るがすごい渋滞だ。半頃やっとホテルに到着。市内のど真ん中だ。1階はロビーでなくちょっとしたくつろぎのフロアーみたいな感じで有名な待ち合い場所になっているらしい。

  20:00から屋上回転レストランで食事。カシオン山と麓のダマスカスの夜景(右の写真、夜景は不慣れでまともな写真がなかった)がきれいだ。市内に出たかったが疲れていたのですぐに寝てしまった。


5月4日、ダマスカス市内観光
 日の出を見ようと思ったが寝坊してなんとか部屋の横から拝む。8:20頃バスでダマスカス市内観光に出発。

 聖パウロ門(中は写真可)やダマスカス国立博物館(写真不可、ここはアルファベットの原型となった古代文字などや古代王国の発掘品が展示されている)を回る。
 その後、バスを降りて歩いての観光。ウマイヤドモスク(中は巡礼者でいっぱいなので邪魔しないように)、アゼム宮殿(静かでした)、聖アナニアス教会(今も使用中)を回る。

 一通り観光後そのまま各自自由にスーク散策となった。あいかわらずこちらはいろいろな食材もあって興味津々だが、カシュガルと雰囲気は似ている。散策中、何かの果物のジュース:トゥーチャミを試したりパン屋でアン?入りパンを食べたりした。

国立博物館

モスク内は、
女性はネズミ男のような
服装を入り口で
借りて冠るはめに

gallery

観光後、ジュースで一息

スーク gallery

 昼食はスークメイン通り?から細い路地に入った途中のレストラン(場所を知らないと絶対分からんところにある)、外はボロだが中はきれいでなかなか洒落ていた。料理はなかなか美味しかったです。


パルミラへ
 昼食後、パルミラに向けて出発。左右は連続した砂漠の山が続く。途中、分岐点となりここは左に向かう。16時半頃バクダットカフェ(映画で使われて有名だとか?)でトイレ休憩。少し走ると右に向かう道路がある、イラクに向かう道路だ。17時半頃、別の棟の山脈がが左手の遠くに見えてくる。これまで左に沿っていた小さい山脈はもう途切れた。


カフェの内部




gallery


パルミラのアラブ城
 17時頃パルミラに到着。ホテルで一息後、サンセットを見るためアラブ城に向かう。パルミラを一望できる瓦礫の丘の上にぽつんと立っている。そこまではオンボロバスで移動。城に着くと他の観光客でいっぱいだ。城の中は殺風景だが外の見晴らしはすばらしい。ここでサンセットを拝む。1時間もいなかった。ホテルに戻ると大分暗くなりアラブ城のライトアップがきれいに見えており、早速三脚を持ち出して撮影!。写真に集中していたので部屋に戻って気がついたが大部蚊に刺されれていた。


遠目にアラブ城が
見えて来る


オンボロバスとアラブ城


アラブ城 gallery




パルミラ文字

こちらのサイト参照
世界の文字サイト
5月5日、パルミラの朝
 朝、5時にホテルを出て目の前の丘に上り日の出を待った。まだアラブ城も眼下のパルミラもライトアップされている。5:50頃薄曇りの中、日の出となったが砂霞みで黄色いご対面となった。

 パルミラとは、ナツメヤシのパルマというギリシャ語から来ている。ペトラと合わせて歴史上の流れは、ちょうど塩野さんのローマ人の物語の賢帝の時代を読んでいる最中で、一区切り着き次第別ページでまとめて紹介したい。それくらい奥が深いところだ。


パルミラの日出 gallery

パルミラ博物館、墓の谷、エラベール家の塔墓
 朝食後、まずはパルミラ博物館にてここの概略などの調べる。その後墓の谷に向かう。エラベール家の塔墓はもう観光客でごった返していた。中は墓の団地になっている。狭い塔に狭い階段、おまけに観光客で余計に狭い、なんとか無理をして屋上に上ったが...。外に出ると売り子が一生懸命?に我々について回る。一通り景色を眺めた後、三兄弟の地下墓室に向かう。ここも観光客で一杯。どうもお決まりのコースにはまっているらしい。内部は部屋が何室かあり壁画もきれいに残っている。1部はダマスカス博物館に展示されているとか。


パルミラ博物館


墓の谷 gallery


三兄弟の地下墓室
 3カ所とも午前中の半分もあれば十分見て回れる。時間たっぷりほしいのはこれからいくパルミラの中心部だ!。

パルミラ ベル神殿
 墓の谷の後、パルミラの中心部に戻る。まずは、夜ライトアップされていたベル神殿(豊穣の神主神ベル、太陽神ヤヒボール、月神アグリボールが祀られている)。入り口は狭く、回りにはラクダ屋さんや売り子(売りおじさん)がいっぱいいる。抜けると壁に囲まれた広い空間に柱廊に囲まれた神殿がどんと構えている。神殿内部も入ることが出来る。正面の柱は最初気のせいかと思ったがやはり手前に少し傾いている。中は1時間もあればじっくり見られる。


ベル神殿 gallery

パルミラ メイン通り
 べル神殿を後に、道路を渡るとすぐに記念門。三つの入り口がある門で左右は馬用だとか。ここからまっすぐメイン通りが柱に囲まれて延びており、左右に遺跡が点在。まずは、ナポ神殿。メソポタミアの神を祀った神殿だ。少し進むと浴場跡、よく下を調べると青いタイルも見つかる。更に反対側にはもう大分見慣れたローマ円形劇場。中の作りはこれまで見た劇場とほとんど同じだ。観客席は、砂でだいぶ削れていた。劇場のすぐ隣には商人の取引所、アゴラがある。ここでメイン通りに戻ると四面門。更にその先も柱通りが続く。


記念門から gallery


四面門を通って gallery


キャンプOK!?...
 ここまでで大分歩いたので一旦休憩後、右に向かって行くと、バールシャミン神殿。こちらはギリシャのゼウスを祀っている。ローマやパルティアの間で立ち回ってきただけあって、あちこちの神が混在している。全部じっくり見るなら丸一日は必要だ。半日では主だった遺跡を見るのがやっとだ。連泊してもいいところだ。最後に、なんとキャンプ場を発見。バックパッカー向けだろうか?。

 あいかわらず遅くの昼食となる。パルミラから少し離れた場所のレストランでベトウイン料理。マンサーラと呼ばれている、羊の丸焼きが運ばれてきて、皿に盛ってくれる。ラム肉/ライス/麦にヨーグルトを混ぜて食べるのだが、以外とこれがおいしい!。最初はヨーグルトを混ぜるのをためらったが是非お試しあれ。

 13時半パルミラレストラン発。14時半またバクダットカフェで休憩、14:50出発。15時半頃、イラクに行く道(ここからイラクまでは172Kmだとか)で休憩(左写真)。再びダマスカス方面に向かって走る。


マアルーラ
 17時少し前、イエスキリストが使用していた古代アラム語を今でも使用しているマアルーラ村に到着。ここは、イスラムの多い中でずっとキリストの信仰を守ってきた村だ。外敵との戦いも多い。なんと訪問者の頬を殴ってやり返してこなかったら敵意がないとして迎えるという痛そうな風習があるそうだ。まあ、民家を訪問はしないのでその洗礼を受ける事は無いと思う。
 標高は、1600mぐらいで風が冷たい。教会入口は非常に狭い、高さが低く皆しゃがんで入る。中は内庭までは写真可だがその奥の教会内は写真禁止。2回はいまでも修行の人が実際に住んでいるので邪魔しないように見る(部屋の中をのぞくのはもちろんプライバシー侵害になるので要注意!)。教会内では係の人のアムル語によるお祈りを少し聞かせてもらった。最後に展望台に上って村全景を見る。いい眺めだ。ここはざっと見るには1時間もあれば十分。2007/12月にNHKの新シルクロードの最終章で最初にその苦難の歴史や祭りが紹介されていた。行く前に見ていたらもう少ししっかり見て回ったのだが・・・。ここはワインで有名だそうだ。また、来る途中のエリオット村はいちじくで有名(村の名前もいちじく)。17:40ダマスカスに向けて出発。

 ダマスカス市内は金曜日といことで店もお休み、道路も非常に空いている。18:30ホテルに到着。


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5月6日、レバノンへ
 ダマスカスホテルをバスで7時頃出発。40分で国境の町ジュダイデに到着。審査は20分程度。レバノン国境の町マスナまでは10分程度。8時半にはレバノン入国。入国審査の場所でレバノンのガイドをのせアンジャルに向かう。
アンジャル
 8時50分、アンジャル着。閑散としたというよりのどかな田園の中に遺跡が静かに残っている、という感じでほとんど観光客はいない。アンジャルは水の豊かな町という意味。ここはアーチがきれいに残っている遺跡だ。ここでレバノン杉も見れる(一本だけだけど)。遺跡は1時間もあれば見れるくらいで大きくはないが保存はまあまあ。入り口には喫茶店と土産物屋がある程度で観光地化はしていない。入り口からはレバノン山脈がきれいに見える。


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周りの景色ものどかだ

バールベック
 野菜や果物の主産地であるエル・ベカー高原を走ること1時間、バールベック市内に入る。まずは遺跡の近くにあるオベリスク?のある石切場に立ち寄る。なんに使うため切田競れているかは聞きそびれてしまった。とにかく、でかい石柱が1つ一部埋まった状態で残っているのみ。ここは10分程度で終わり。もうここから本日のメインである遺跡が見えている。バスで移動するがとにかくあちこちで工事しているは、人や車が多くなかなか進まない。やむなく途中でバスを降りて遺跡には徒歩で向かう。


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ジュピター神殿、バッカス神殿、ビーナス神殿
 遺跡は左右に分かれていて、観光コースのジュピター神殿とバックス神殿があり、道路を挟んでビーナス神殿がある。ビーナス神殿は柵に囲まれていて道路から眺めるだけ(ただ、子供は中に入り込んで遊び場にしている)。遺跡入り口ではこれまた売り子がいっぱい。日本語の遺跡の説明パンフレットを数ドルで売っているが、これは概略が分かってなかなか良さそうだ。私は後で買おうと思っていて買いそびれてしまった。尚、このパンフ、中をよくチェックすること、たまにページが一部上下逆のものもある。
 遺跡は、ジュピター神殿までは周りの方が一部残るのみだが、バッカス神殿は天井はないが保存がいい。中はペトラほどではないにして結構広い。学生も結構いる。特に観光客も多く、観光客密度もkの旅行の中で一番高く、じっくり見てぐるっと一周するには2時間はほしいところだ。それにしてもレバノンの女性もきれいな人が多いのでこちらのほうも眼の保養にするためにも時間がたっぷり欲しい!。遺跡からはレバノン山脈もきれいに見えるので晴れていれば最高のロケーションだ。

 一旦外に出ると再びビーナス神殿を左に見ながら昼食のレストランに向かう。


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ジュピター神殿


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バッカス神殿
ビーナス神殿

 昼食は遺跡から少し離れた場所の町中のレストランに入る。レストランのあるビルはいくつかのショップが入るモール形式だが...繁盛しているようには見えなかった。食事は、ご当地風とか。チマキみたいなものから餃子によくにたものなど。ご当地のお酒も試すが、これが強い、氷を入れて飲むらしく言われた通りにすると白濁した。尚、ここは屋上から遺跡とレバノン山脈が一望できなかなかいい場所である。13時半頃ベイルートに向かって出発。

チマキ?

餃子みたいな物

ご当地のお酒

魚の揚げ物など...

最後はエスプレッソ

バールベック市内

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ベイルートへ
 数時間、山間部を走った後、15時頃ベールートが見えて来る。市内はだいぶ復興されているが中には戦争の傷跡が残るものもある。寄った国立博物館もきれいな状態だが、最後に紛争当時のビデオも見たがかなりひどい状態だったようだ。
 しかし、この旅行記を書いている時にはまたまたヒズボラとイスラエルの戦争が始まり(9月にはなんとか停戦)ここも午前中にいたバールベックも戦争に巻き込まれてしまったのは残念だ。

 17時頃ホテルに入る。夕食までは時間があったので少し市内を歩こうと外に出たがなんと雨に降られ市内観光は明日にお預けとした。


ベイルート近くの山間部
山間に住居が立つ


ベールート市内
ビルの中には
まだ戦争の傷跡も残る


国立博物館


ベイルート市内


5月7日、ベイルート市内、鳩の岩、犬の川、ジェイダ洞窟
 最後の日、ベイルート市内観光。まずはホテル直ぐ近くの鳩の岩に行く。8時頃到着。フランス統治時代に鳩を集めていたとか。ここは男の度胸試しの場所でもある。地元の人も散歩で訪れてきて結構にぎやかだ。ここから少し市内を観光する。戦争から復帰しかかっておりモダンな真新しい建物が並ぶ。中には立て直しで地面を掘ったら遺跡が出てきたところもある。市内は平穏だがそれでも兵士や装甲車をたまに見かけるなどまだまだ(しかし、旅行から帰って夏になって紛争が勃発したのには正直驚いた。まったく想像もしていなかった)。



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鳩の岩/市内/犬の川
 9時半頃に市内から少し走り犬の川に到着。川が雨で増水にも関わらず決して荒れた川というイメージではなく、渡るのに苦労したということは感じられない。なぜか過去ここを通過した英雄たちが川のほとりに自分の来た記念碑をおいていくことがブームなようだ。いろいろあるので探してみるといい。有名なのはラムセス2世だがナポレオンがその上から立ててしまったそうだ。犬の川の名前の由来は、丘の上の教会に犬がいて敵が近づくとほえたとか、あるいは、川の音が犬の鳴き声に聞こえたとか。

犬の川

通過記念碑?

ジェイダ洞窟
 ここを上流に走るとジェイダ洞窟になる。ここは上と下に鍾乳洞があり、上はかなり大きく結構歩きがいがある。コンサートも開かれたとか。下は小さいが地底湖になっていてボートで鍾乳洞内を10分程度回る(たぶん、鍾乳洞内の湖?をボードで廻るのはここぐらい?)。どちらも写真は禁止で入り口にカギ付きロッカーに預けて入る。最初はゴンドラで上の洞窟、そして、おもちゃの汽車?で下の洞窟に向かう。最初はおまけ程度の感じでしたがなかなか見応えがあり時間があるならよっても損は無い。上と下の連絡用のおもちゃのような汽車もたまには童心にかえって乗ってみるのもいい。

上の洞窟へは
まずこのゴンドラで

下の洞窟へは
これで移動する

レストラン

ライスとココナッツと魚を混ぜたピラフ?
美味しかった

やっぱりあった
餃子みたいなもの


 昼食後、12:30空港へ。13時にベイルート国際空港着。驚いた?ことに飛行機は定刻(15時)前にテイクオフ。18時半ドバイ着。今度は降りずに機内で待つ。19:40(現地時間で20:40)やっと動き出し、20:10テイクオフ。7時間のフライト後、翌日となる5/8、現地時間で8時にクアラルンプール着。11:00発、フライト時間は8時間、日本時間19:00成田着。

ドバイ


 ほんと駆け足のヨルダン/シリア/レバノンでしたがどの国も1週間以上かけて滞在してもいいくらいの見所いっぱいの国でした。しかし、帰国後夏にまた紛争が勃発し残念です。9月にはなんとか停戦になったようですが、特に、レバノンの人たちにはくじけず復興を続けていただくことを祈ります。