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●2009年4月 トプラク・カラ、ニサ、メルブ、マルグッシュ : カラクルパクスタン、トルクメ二スタン
uyuni
4月28日〜5月6日 【地図】 【旅行日程】
 パルティアの王都ニサと柱を並べたようなメルブ遺跡に魅せられた。他の遺跡はほとんど知らなかった。行けば、シルクロードの需要な場所をだということを知る。世界最古の文明?かもしれないマルグッシュ遺跡も回る。観光はさほど力を入れていないが、かえって落ち着いてみれる。都市と地方の生活水準の格差はかなりだ。社会保障は行き届いているのであまり不満もないようだ。資源が多い国らしい。シルクロードの北朝鮮とも言われるがまだ2代目は安定してる。いくなら今のうちかも・・・。

4月28日 韓国経由、ウズベキスタン タシケント
 昼頃、関西空港発。夕刻、韓国発。出発まで空港内を散歩した。韓国の民族音楽をしばし楽しむ。


 
 タシケントには21時頃到着。市内のホテルに移動。入国書やらで少し部屋に入るのに時間がかかった。帰りも同じこのホテルで泊まり、ウズベキスタン観光の予定だ。治安はさほど悪くないようだが、夜も遅いし、明日は出発が早い!、帰りに十分観光の時間があるのでうろうろせずすぐに寝た。

タシケント空港

豪華な構えのホテル

ロシア時代の遺物らしい

ホテル発行の入国書


4月29日 ウズベキスタン・タシケント〜カラクルパクスタン・ウルゲンチ空港
 5時空港。簡単な朝食を食べる。米の炒め物と鳥の揚げ物とジュース。

 早速、出発が遅れる。どうも飛行機の状態がよくないらしい。待っている間、次々と地方線のお客は出発する。案の定、空港係員はのんびりだ。

 9時頃やっと機内の人となる。空港内及び滑走路では写真禁止だが、こっそり撮ってしまった。 飛行時間は1時間も無し。無事、ウルゲンチの空港に到着。日本のローカル空港ぐらいの規模だ。

ホテル前 掃除おばさん

タシケント空港

菓子パンと、

ライスと鳥の唐揚げ

タシケント空港

ちゃんと飛ぶのか?

無事、ウルゲンチ空港

荷物運びのサービスあり

4月29日 アム・ダリヤ
 空港からバスを少し走らせると、アム・ダリヤに到着。パントン橋の手前で渋滞、橋は浮き舟を繋いだものでまだ工事中。そのため重量制限と片側通行となっている。我々はバスを降りて歩いて渡る。あのアレキサンダー大王も渡った川だ。地元の親子が気軽に写真撮影に応じてくれる。まったく泥の川だが工事のせいだ。車だけでなく地元の生活道路でもある。歩いて渡るのは楽しいが、車も大型も通るので要注意だ。

アム・ダリヤ パントン橋
 アム・ダリヤを過ぎ、カラクルパクスタンの荒れ地や小さな町を通り抜ける。学校に行く途中なのか子供によく出逢う。途中、道路工事にも出くわす。ボランティアで修復しているそうだ。少し町を外れると、塩が吹き出た荒れ地や畑が続く。

カラクルパクスタン
4月29日 トプラク・カラ(泥の城塞)  
 紀元前3〜2世紀のホレズム王国の首都、トプラク・カラ。近くにアム・ダリヤが流れていたそうだが、今はかなり離れている。周りは白く塩が噴き出した荒れ地ばかり続く。ゾロアスター教の神殿もあったとか。遺跡は雨ざらしで、雨は少ないものの確実に融けている。いずれはすべて土に換える運命。

トプラク・カラ
 再び車で今日の宿、アヤズ・カラ・ユルタ に向かう。途中、小さなカラや大きなカラがいくつか見える。ユルタにつくと間近にアヤズ・カラが見上げる位置に見える。
 一旦ユルタに荷物を置いて再びバスで移動。カラ周りに向かう。

アヤズ・カラまで
4月29日 ゴルドゥルサン・カラ、コイクルルガン・カラ(羊殺しの城塞)、キルク・キズ・カラ(40人の乙女の城塞)  
 ゴルドゥルサン・カラに到着する。長方形の城塞、小窓付きの物見台が並んでいる。中はサッカー場より少し広いくらい。羊の放牧にはちょうどいい感じだ。中は草と小道以外何も無し。羊飼いや近所の子守りの女性がやってくるくらい。ぐるりと一周して戻ると、そこにも子守りの女性がいた。羊飼い、ロバ車の親子が通る。
 来た道を戻り荒れ地の中にあるコイクルルガン・カラ(羊殺しの城塞)に向かう。近くには畑があるようだがほとんど人も通らないところにある。全体の広さはバスケットボール競技の広さぐらいだ。カラ内は住居はなくただ儀式の場所だ。ここで羊を生け贄にして人々に振る舞ったらしい。
 どちらも風化がかなり進んでいる。管理者もいないようだ。

ゴルドゥルサン・カラ

コイクルルガン・カラ
羊殺しの城塞
 再び、来た道を戻る。くる途中に見かけた大きなカラ、キルク・キズ・カラ(40人の乙女の城塞)に入る。広さはこれまでで一番、サーカー場4つぐらいか!。外壁が一部残りのみで内部はただ荒れ地が広がる。あまり起伏はないのでほんとうにサーカーが出来る。外周に沿ってあるくことにした。一部昔の名残がしっかり残っている。あまりこれといったものもなく結局四隅の一辺を往復したのみ。遠くに野焼きの煙が見える。もう日が落ちるので今日の観光はこれまで。

 ユルタに戻る。もう夕暮れ。残念ながらきれいな夕日とご対面はならなかった。近くには湖があるはずだがとおくてよく見えない。明日にお預け。夕食はやはり日本人なのかピラフっぽいのが気に入った。外は光りが全くなく真闇!。

キルク・キズ・カラ
40人の乙女の城塞

ユルタの夜


4月30日 ユルタの朝、アズヤ・カラ
 朝、日の出を見るためユルタをでる。まずまずの日の出だ。昨日見えなかった遠くの湖も少し見えた。ユルタの周りの砂漠には夜の訪問者の置き手紙がいくつかある。ラクダも夜の散歩だったらしい。

 朝食後、昨日観光を見送ったアズヤ・カラに入る。少し軽登山となる。これが夏で真っ昼間だとけっこうつらいかも。日陰がほとんどない。城はこれまでで一番広い。サッカー場4つ分ぐらいだろうか。内部は真っ平ら。周りの城壁もところどころ残っているがかなり風化が進んでいる。城の外を見渡すアズヤ・カラ湖がよく見える。結構近い!、朝早く散歩で行けたかも。城の城壁は内部が空洞になっている。通路か食料庫か武器庫か。反対側まで廻ると少し小さなカラが見えてくる。遠目に見るとなかなかかっこいい!。1時間ほどで見て回れる。内側の広場は残念ながら置き石の落書きが・・・。一体文化財をどうおもっているのか?。

ユルタの朝

アズヤ・カラ

4月30日 アム・ダリヤに戻り、国境に向かう
   
 再びアム・ダリヤに向かう。一昨日来た道を戻るだけだ。途中、村々を通過すると道ばたでよく親子を見かける。どこかに向かうため車を待っているらしい。のんびりしたものだ。
 アム・ダリヤにつく。あいかわらず泥と終わりそうにない工事だ。なんと釣りをしておる人がいた。日本では泥と言えば鯉だが一体なにがつれるのか?。

 アム・ダリヤを渡り国境に向かう。一度来た道だ。町中の様子等結構楽しめる。ただ民族衣装を来た人は少ない。モダンな装いがほとんど。

再び、アム・ダリヤ

途中の町中

4月30日 トルクメニスタン国境  
 昼前に国境につく。いよいよ本命国に!、と思っていたが、ここで半分想定内?のトラブル!。審査にやたら待たされる。審査官の建物の入り口で半ばすわりこみ状態が続く。通過していく地元の人たちとしばし交流となる。それにしても遅い。いろいろ聞き込んでいると入国審査の書類を印刷するPCが故障していてなおらないとの事。PCが中央にあるデータベースとつながらないと発行できないらしい。手書きで書けないかととも思ったがちゃんとデジタル化?されていて直るまで待てとの事。その後も地元の人やフレンドリーな若い(それも結構二枚目)国境警備隊数との交流、軍隊との交流等々、実に得難い時間を過ごす。数時間待った末、出て来たガイドの一言、昼食の時間で係の人がいないとこと。まあそんなものかと思う。ひたすら待つしかない。さらに数時間待ってやっと入国となった。

 そこで緩衝地帯でバンを使って荷物運びの仕事をしている人が我々をピストン輸送。さすがに数百メートル、道はさほどよくなくがらがら旅行鞄をひっぱるよりはるかにいい。
 いずれにして半日以上かけてトルクメニスタン入国だ。こちら側のガイドもやきもきしていたらしい。それにしても日本語通訳の女性ガイドさんが美人だった事がせめてもの慰みになった。

4月30日 トルクメニスタン タシャウズ    
 やっと入国したが、ここで時間をくったため、クニャ・ウルゲンチによる時間がなくなってしまった。代りに、タシャウズの町で小さな小さな博物館による。博物館の職員も我々の訪問にびっくり状態で、それでも総出で歓迎してくれた!。
 もうひとつ、代りの観光地としてバザールに行く。売られているものはごく普通、日常生活で使うものや食料品だ。並んでいるものはあまり珍しくはないが、売り子や留守番の子供らなどヒューマンウオッチングは楽しめる。

トルクメニスタン

バザール

4月30日 トルクメニスタン アシュハバード(アシガバード)    
 空港につくと国内線で南下しアシュハバードに向かう。やっぱり、なかなか出発しない!。どうやら機体のちょうしがよくないとのこと。大丈夫かな!?、おそらく旧ソ連製。それでも数時間で搭乗できた。空港についたときは真っ暗。バスに乗って市内に向かう。なんと、市内に入るとびっくりの連続。なんだこれはと思う。ピンクだのすごい色彩のネオンの連続!。それも繁華街ではない!。大統領の銅像やら、大きなビルやマンションやらもピカピカ。それはまた明日の夜に!。

ちゃんと乗れた

ホテルは上々
 もう暗いので夕食。早速、地ビールを頼む。恵比寿に近い!?。食事は普通。これといっためずらしい食べものはなかった。明日は、いよいようわさの首都観光だ。

地ビール

ハンバーグと同じ

 

5月1日 トルクメニスタン アシュハバード  
 朝、ホテルの部屋から首都を眺める。やはり、昨日の夜見たド派手なアーチ、中立のアーチ、が目に入る。朝食後、まずはそこから観光。周りも政府の建物があり、警備の兵隊もパラパラ。人通りはほとんどない。朝早いせいだろうか?。アーチに展望台があるので登る。登りは総ガラス張りのエレベータだ。我々の貸し切り状態。展望台はこぎれいで見晴らしはいい。はるか山向こうはイラン。目を下にやればきれいな建物が並ぶ。あちこち工事のクレーンもある。てっぺんの前(初代)大統領ニアゾフ氏の銅像は、朝、日が昇る方向から、夕方、日が落ちるまで太陽を追いかけて回り、夜の間、ネオンで照らされたのち、翌朝、また回る。なんともいいがたい光景だ。
 ここから独立広場にいく。途中きれいな建築中も含めてみるからに高級マンションが建ち並ぶ中を走る。外壁は大理石で前大統領が愛の町をイメージして作りだしたとか!?。かなり安く入居できるらしい。ガス、水道、電気もかなり安く、都市部に住む人は生活に不満はないらしい。さすが天然資源の多い国、かつ、独裁国家はやることが違う!。曜日まで自分の家族の名前に変えたとか、シルクロードの北朝鮮とまで言われているのも少しうなずける。しかし、歩いていても車で移動していても観光地でも身の危険を感じるような場面は一度もない。

中立のアーチと独立広場
 独立広場も真ん中にタワーがある。回りにトルクメニスタンを構成している、昔そうだったとか、部族の銅像が立ち並ぶ。ここから高級マンションが一望できる。どちらも清掃員がいてこぎれいにされている。

 独立広場の前にはこれまた豪華な国立博物館がある。ここの目玉はシルクロードのビーナスだ。他に日本の土偶そっくりの遺物も多数ある。聖杯リュトンも彫刻がすばらしいものが展示されている。案内の美女学芸員も一見の価値あり!。

国立博物館
 博物館の後、近くのデパートによる。かなり立派で日本の大手と同じくらい。一階が食料品と家電から雑貨まで一通り揃う。二回はレクリエーションや軽食堂がある。真ん中が吹き抜けなのもひろひろとした感じでなかなか良い。

やっぱり干しぶどう類

ハムや肉もの

パンコーナー

真ん中は吹き抜け

軽食フロアー
 近くのレストランで昼食。特にこれといった珍しいものはなし!。味の方もエキゾチックなものでなくどちらかというと日本人にもあう味付けだ。


5月1日 パルティア王国 ニサ
 トルクメニスタン旅行の主目的の1つ、パルティア王国の首都ニサにつく。町から1時間ほど。高原を後ろに控え、ちょっとした丘の上に鎮座していた。パルティアはローマ帝国と一時覇権を争ったほどの国だ。しかし、遺跡は思ってほど残っておらず、また、ローマほど大きくないようだ。入り口には展望台があり、中は緑の草原で、ところどころ建物の跡が残る。奥の方に復旧中の遺跡が残る。ゾロアスター教の国でもあったのでそれらしい遺構があるかとおもったが宗でもなかった。少々がっかりする。が、ここは地元の人のピクニック場にもなっていて、遊びに来ている女性グループが笑顔を向けてくれるので気持ちは知らぬうちにうきうき!。奥にある高台からも全景を一望できる。そこでスコールとなる。復旧用の日干し煉瓦がぬれるままだ。ここでしばし塩野氏のローマ人の物語を読んで昼寝でもしたらパルティア人に会えるだろうか?。

入り口の展望台の下で
日よけする管理人

パルティア王国
ニサ

地元の人にとって
いいピクニック場

アハルテケ
     
 ニサからアハルテケの牧場に向かう。汗血馬といわれるアハルテケだ。草原の戦闘用なので、サラブレッドのような短距離でなく、長距離の馬だと思う!。もし短距離で優秀なら今も競馬場でもてはやされただろう。

汗血馬 アハルテケ
 再び市内に向けて戻る。途中、モスクやニヤゾフ前大統領の霊廟を見学。お金があるだけに豪華だ。途中で、国有鉄道の列車ともすれ違う。
 一旦ホテルに入る。ホテル前の少女と亀の銅像がなんとも不思議、どんな意味があるか聞きそびれてしまった。夕闇が迫ってくると、初日に見たド派手なライトアップが始まる。なんとマンションもライトアップだ。近づくとビルの足下で30cm四方の照明機器でやっていた。
 一旦ホテルに戻り、裏にある町の市場を見に行く。売り買いのやり取り等結構楽しめる。あまり観光客がこないようだ。ほとんど近くの買い出し客ばかり。

ホテルも豪華
郊外と市内の様子

市場
 夜は高層ビル最上階にあるレストランで夕食。サラダから始まってスープにメインディッシュ、ごく普通でした。

ヨーグルトは・・・

スープに入れると
マイルドです
 夕食のレストランよりアシュハバードの夜景を眺める。ビルの足下ではド派手なイルミネーションでどのビルもすごい色で光る。ホテルに戻って窓からもると、やはりニヤゾフ元大統領の像がこれまたすごい色でライトアップされぐるぐる回っている。一体、どういう感覚なのだろうか?。大公秀吉ならよろこんだかも。

アシュハバードの夜景


5月2日 アシュハバードからマリへ      
 早朝、アシュハバード空港で簡単な朝食をとる。ここから国内線で東に飛んでマリに向かう。荒れた大地にぽつんとたたずむマリ空港につく。

入国ビザ

マリ空港
 マリ空港からバスを走らせメルブ遺跡に向かう。登校の時間なのかたまに固まって登校する小学生も見かける。

遺跡やモスクが見える

マリからメルブ遺跡へ
5月2日 エルク・カラ遺跡    
 広いメルブ遺跡の中の荒れ地ぬけ、ギャウル・カラを通り10分ほど進むと、ぽつんとエルク・カラが見てくる。ちょっとした丘のようなところだ。回りは雨が降ったのか湿原が取り囲んでいる。登りは少しぬかるんでいて要注意だ。
 登るとまるでちょっとした死火山の火口のようだ。一番高い外輪に登ると全景がよく見える。遠くに、スルタン・サンジャール廟も見える。

ギャウル・カラ

エルク・カラへ

エルク・カラ
 ここは、紀元前6世紀ごろの初期のメルブ。アケメネス朝ペルシアのキュロス大王のころだとか。3世紀にササン朝ペルシアで最も栄え、ゾロアスター教、ネストリウス派キリスト教、そして最西端の仏教の地でもある。エルク・カラから少し離れた場所に、金曜モスク跡と貯水槽がある。

金曜モスク跡と貯水槽
5月2日 ホジャ・ユースプ・ハメダーヌ廟  
 少し来た道を戻ると荒野の中にたたずむ、ホジャ・ユースブ・ハメダーヌ、11世紀頃のセルジューク朝時代のスーフィ(イスラム神秘主義者)、の廟とモスクが見えてくる。信者は決して多くはないがそれでも参拝者は絶えないらしい。周りは赤い花が咲き誇っている。参拝者向けの露店も少し出ている。露店の一人の女性の笑顔が周りの花以上に記憶に残る。

ホジャ・ユースブ・ハメダーヌの廟とモスク
5月2日 スルタン・サンジャール廟  
 移動中、遺跡のかけらともいうべき城壁が散在する。それでも目立つものはなく、行く手にぽつんとスルタン・サンジャール廟が見える。周りにはなにもない。中もがらんとしていて石棺があるだけだ。中はからっぽとか。主は、セルジューク朝最盛期の王の一人、スルタン・サンジャール王。昔は青い色だったとか。

スルタン・サンジャール廟
5月2日 大キズ・カラと小キズ・カラ  
 スルタン・サンジャール廟からはすでにキズ・カラが見えている。この旅行の本命中の本命だ。少しの移動で到着する。大キズ・カラに近づくが、以外と小さく感じる。まわりになにもなく砂漠が淡々と広がっているからだろう。キズ・カラとは娘の城という意味らしい。処女と不敗を重ねているとか・・・。城はきれいな支柱が残るのみで、内部は、倉庫等少し残っているだけで、砂の保管場所のようだ。支柱は小鳥のマンションになっていてちょっと騒々しいときもある。少し歩くと小キズ・カラ。こちらは小さくしかもかなり崩れている。しかし、眺めは絶対こちらからのほうがいい!。3ショット?(大小キズ・カラと廟)も撮れる。

大キズ・カラ(娘の城)
小キズ・カラ
5月2日 昼食
 キズ・カラを後に再び市内に戻る。市内に入る途中の小さな村で昼食をとる。レストランらしいが、大地主がアルバイト感覚でやっているだけかも。大きな門をくくって、庭に面したテラスのようなところでご当地料理をごちそうになる。庭には七面鳥や鶏が放し飼いされ、端の方にユルタのような小屋がある。食事は最後に出た焼き飯のようなものが一番おいしかった。

 ここでトルクメン犬なる犬も紹介?されたが、うーん、特別変わったところはなし・・・

途中の村
村の通り

子供が駆け寄ってくる

民家、ここで昼食

ユルタ?

野菜はいっぱい出る

ジャガイモと肉のスープ

地ビール

焼き飯、ポロ?
5月2日 ホテル近くの市場  
 昼食後、一旦ホテルに戻る。夕食まで自由時間が結構あったので近くの市場に散歩がてら出かけた。
 入り口は、大きな門があり、上に登って周りが見渡せる。市場はさほど大きくなく、サッカー場程度。売っているのは日常品や食料など。少し品数が少ないかな、という感じだ。中でめずらしく旅行者の少女にも会う。近くの学生らしい子供もいた。少しうろついていると急に雷雨になる。ここから市場は慌ただしくなく。雨にぬれないよう商品を片付けたり、ぼーっと雨がやむのを待っている人等・・・。雨がやむとまた店に品物を並べだす。さほどお客がいるようでもなく、のんびりムードだ。なにか買って食べたかったが、これといって珍しそうな食べ物でもなかったので一通り見てホテルに戻る。

市場
 ホテルはごく普通。内装もまあまあ。備品はほとんど中国製!。まわりも人通りはほとんどなく静か。だったが、夜、裏側のレストランでパーティがあったらしく少し騒がしかった。どうやら結婚式の2次会のようなものだったとか。というのも、ツアー客の数名がそこに飛び入り参加してしまった。まあ、おめでたい時はお客は多い方がいい!。
 夕食は、サラダに野菜スープとケバブらしきもの。外にバーベキューセットが置いてあって、そこで焼いてホテル内のレストランに持って来た。なかなかおいしかった。明日は長丁場!、早く休む事にした。


5月3日 マルグッシュ遺跡へ    
 朝、ホテル前を少し散歩。街はこぎれいだ。少し曇り気味。朝食後、ホテル前に出るとロシア製のちょっとカワイイ感じがする四輪駆動車が3台待っていた。かなり使い込んでいる車で、私の乗る車はタイヤのすり減りがちょっと激しいようだ。大丈夫か?。

ロシア製四輪駆動車
 3台に分乗して出発。すぐに町中から田舎道になり、民家もまばらになる。途中、いくつか遺跡を見かける。道路脇には意味不明の銅像もある。ほとんど人気がない。途中、ラクダの一行に会う。そこから更に進むともう民家も人気もなくなる。羊飼いにあうか村からだろうかハイキングの一行も見かけた。道はよくない!。晴れていれば砂塵で砂まみれになったろう。

途中で出逢った
ラクダの一行

道路脇の意味不明の銅像
5月3日 マルグッシュ ゴナール遺跡        
遺跡につくと研究者のテント村により、ここで入場チェック。見渡す限り土がむき出しとなった草原と住居の基礎の跡が広がる。遺跡の説明書が売られているので早速買う。その後、研究者の案内で遺跡を回る。ところどころ土器や水道管、焼き物を焼いた跡等がある。奥の方に行くと、王族の住居があり、その近くで人でなく馬や羊の墓が見つかっている。ついでに最近発掘されたタイルの装飾?も見せてもらった。

ゴナール遺跡

花畑を探して・・・

途中、泥に悩まされ

昼食メニュー
 怪しい天気だったが、幸い、遺跡を歩いている間は雨が降らなかった。遺跡から少し移動して花畑の中で昼食。しかしいい場所を探して移動中、一台の車が泥にはまってスタック!。うかつに道を外れるのは四駆と言えどさけたほうがいい!。昼食は・・・。
 帰路、曇り空の下を走る。途中、再び羊飼いの群れに出会う。今度は少し大きな群れだ。牧羊犬?も2匹。羊飼いの人が子羊を抱かせてくれたりで女性は大喜びだ!。

再び羊飼いの群れ
 ホテルに戻り夕食。隣で結婚式の2次会があったらしくツアー客の数名が乱入した模様。まあ、ご祝儀で無礼講だろう。

ケーキは誕生日の人用

ラーメン?

可もなく・・・


5月4日 トルクメニスタン最後の旅路  
 朝、晴天。いよいよ今日、トルクメニスタンの最後の旅路となる。昨夜の結婚式の2次会の場所をちょっとのぞいていく。街を走ると、満員電車ならぬ満員バスとすれ違う。アム・ダリアを再び渡り、市内や郊外の景色を眺めながら時間を過ごす。カラクム砂漠、黒いという意味、では少し休憩をしながら砂漠をちょっとだけ楽しむ。ここには野生動物保護区があったが、ちょっとの間で道路脇だったため動物は見る事は出来なかった。途中、バザールにも出くわす。すごい渋滞でまた出入国で遅れるのではと心配したくらいだ。


トルクメニスタン
最後の旅路

5月4日 トルクメニスタン国境を超え、ウズベキスタンへ  
 市街地を抜け街外れの雰囲気を眺めながらアム・ダリヤを超える。この辺りは対岸に軍隊基地があるのでカメラの向きに注意するよう言われた。カメラは常に左側に向けて橋を渡る。途中の景色も楽しみながらいよいよ国境にさしかかる。入国時のトラブルが嘘のようにスウースにウズベキスタンに入る。ちょっとほっとした。


トルクメニスタン国境


5月4日 ウズベキスタンへのブハラ〜タシケント
 夕刻、ブハラに到着。ウズベキスタン観光ならメインコースの一つだ。しかし、今回は全く事前勉強もなくおまけでついていた程度の時間でただぶらぶら歩き回っただけだった。夕食は、少し奥まった場所の裏通りを入っていったところのレストラン。食後、路地でサッカーをしていた子供とちょっとだけサッカー!。その後、バスでウルゲンチ空港まで直行。無事タシケントに到着した。ホテルは来たときと同じホテル!。

ブハラ
 

少し奥まった場所の
レストラン

夕食

無事、タシケントに!


5月5日 タシケント  
 朝、バザールに行く前にコーラン博物館?による。世界最古のコーランが部屋の真ん中にでんと置かれている。周りの小部屋には旅行用の携帯コーランや親指サイズのコーランなどいろいろ展示されている。

コーラン博物館


5月5日 タシケント 早朝の散歩とバザール
 早朝、ホテル前も人通りが全くなく、その辺りを散歩する。バス停には出勤ラッシュらしい光景がちょっと見られる程度でほとんど人は見かけない。そこかしこに豪邸が木立に囲まれてひっそり立っている。大きな公園や、古本屋の露天市など見て回る。

 その後、市内の博物館に行く。ここでは高校生らしい一段と出くわす。女性はみなきれいだ!。中で写真撮影していた連れが学生からだめだと言われてちょっと騒ぎに!。ちゃんと許可を取っているのだが、学生は正義感から言い出しただけで引率の方とガイドの話し合いで古都なきを得る。
 その後、バザールに行く。見て回るとなかなかおもしろい。

市内とバザール
 昼食は少し市街のレストランでとる。ケバブはお決まりだが、他はラーメンみたいなものなど、日本人にはなじみやすいものが多い。

 その後、空港に向かい夕刻タシケントをソウルに向けて出発!。ミナレットがみれなかったのは残念だが、次は、一人旅でゆっくり回れる時があるだろう。
 



以上